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No.526 獣医療のEBM (Evidence-baced medicine)

EBM(エビデンス・べイスド・メディスン)、根拠に基づく医療の重要性の認識は、獣医療においても広く知れ渡り一般的になりました。EBMは個々の患者さんをケアするための方針を決定する際に、最新かつ最良のエビデンス(根拠)を良心的に、明確な理解に基づいて、判断よく用いる医療のことと定義されています。科学的で説明可能で再現性があって妥当な治療方法によって医療を実践しようとする医療方法論です。

エビデンスとして用いられる情報は、教科書や論文、文献などになっている医科学情報です。過去の膨大な臨床事例や科学的実験を数量的に妥当な信頼のおけるデータとして評価した上でエビデンスとして使用されることが理想的です。膨大な情報を整理し、患者さんの疾患を正確に診断し適切に治療することをEBMでは目指します。

しかし、獣医療におけるEBMはエビデンスがある獣医療情報がとても少ないです。現在獣医療で扱う疾患の診断・治療の多くに対して、信頼性や妥当性の高い方法が確立されていません。また、エビデンスを生成するための計画的な研究も十分に行われていないと言ってよい状況です。情報の整理のための回顧的研究(レトロスペクティブ)や製薬会社以外の治験などの客観性のある計画的な前向きな臨床研究(プロスペクティブ)などが圧倒的に少ないことがその原因です。そのため、ヒトの医療のように信頼性・妥当性の高い獣医科学情報をエビデンスとして簡単に選択することができません。また、一般的にヒトの場合N数(サンプル数)が400を超えていないと信頼できるデータではありませんが、品種が様々な犬や猫でこの数を集めるのはかなり困難です。

エビデンスは過去の事実です。仮に正確なエビデンスを得るため適切に計画された臨床研究を積み上げたとしても、導き出されたものは、実際の患者さんに適応した場合、確実にそのようになるとは言い切れません。また、必ずしも、新しい情報が正しいというわけではありません。エビデンスは科学的に導き出されますが、真理や真実というものではないということを意識しておく必要があります。

当院では25年以上、月に5-8回、各分野の専門家を呼んでセミナーを行っていますが(リンゲルゼミ)、その先生方も3-6ヶ月経つと意見が変わります。今のところ全ての獣医師や動物看護師のエビデンスの量と質の統一化は難しいものと考えられますが、AIがこの壁を壊してくれる時代も来ると思います。

こちらもご参照下さい
No.48 EBM (Evidenced Based Medicine)


No.525 SIRS (全身性炎症反応症候群)

SIRS(全身性炎症反応症候群)とは、外傷や熱傷、手術および感染などの侵襲を受けた局所でサイトカインが産生され、それが血中に吸収されて全身を循環し、全身的な炎症反応を引き起こしている状態をいいます。SIRSの状態になると、サイトカインの増加により組織の酸素代謝がうまくいなくなり、最終的に多臓器不全になり、死にいたることになります。発症した場合の約30%がショックを引き起こすとされ、一見何の症状のない場合でも、SIRSの基準を満たし、さらに要因を多くもっている場合は急変する危険性が高いことを念頭に治療する必要があります。

SIRSの診断基準


体温:<38.1℃ または >39.2℃
心拍数:>120回/min
呼吸数:>20回/min またはPaCO2<32mmHg
白血球数:<6000/μL または>16000/μL またはBand>10%


体温:<37.8℃ または >39.7℃
心拍数:<140回/min または >225回/min
呼吸数:>40回/min またはPaCO2<32mmHg
白血球数:<5000/μL または>19500/μL またはBand>5%

ヒト
体温:<36.0℃ または >38.0℃
心拍数:>90回/min
呼吸数:>20回/min またはPaCO2(動脈血二酸化炭素分圧)<32mmHg
白血球数:<4000/μL または>12000/μL またはBand(未熟型白血球)>10%

上記の2項目以上を満たす場合SIRSと診断されます。

SIRSは感染がなくても外傷、熱中症、膵炎、腫瘍、免疫疾患などでも起こります。感染が原因でこれらのSIRS所見を示す場合は敗血症(sepsis)と診断されます。

敗血症: SIRS+感染
感染症による全身的な炎症反応で、SIRSの状態が感染源に起因する場合。細菌やウイルスなどの感染が原因で、多臓器不全や血圧低下などを引き起こし、感染に対する免疫反応が過剰になり血液の循環不全を招きます。

重度敗血症:敗血症+臓器障害
敗血症にMODS(多臓器不全症候群)が加わった状態で、臓器不全(腎不全、呼吸不全など)が進行します。臓器機能が著しく低下し、集中治療が必要な危険な状態です。

敗血症性ショック:重度敗血症+血圧低下
感染が原因で全身に炎症が広がり(敗血症)、血管が拡張しすぎて血圧が維持できず(血管性ショック)、十分な酸素が臓器に届かなくなり、臓器障害が進行していくとても危険な状態です。

敗血症性ショック時の臓器不全は、循環器(低血圧)100%、呼吸器(低酸素血症による過換気)73%、血液(凝固不全、DIC)68%、腎臓(Cre↑、乏尿)49%、肝臓(Bil↑)32%の確率で起こると言われています。

敗血症や重度敗血症、敗血症性ショック、DIC(播種性血管内凝固症候群)、MODS(多臓器不全症候群)への進行を防ぐため、SIRSは早期診断・早期の治療介入が非常に重要です。


No.524 涙やけ

涙やけは、涙で濡れた眼の下の毛が赤茶色に変色してしまうことで病名ではありません。涙は本来無色透明ですが、毛に付いた状態のまま放置すると時間とともに赤茶色に変色します。そのため、特に白色や淡色の毛の動物で目立ちます。また、常に濡れた状態になると皮膚炎を起こす場合があります。何らかの原因で涙があふれている状態(流涙症)が長く続くと涙やけが起こります。トイプードル、マルチーズなどの小型犬に多くみられます。

本来、涙は涙腺から分泌され、眼の表面を覆うことで眼の乾燥を防いでいます。涙は眼頭にある涙点と呼ばれる穴の中へ入り、鼻涙管と呼ばれる管の中を通って鼻腔に流れます(涙点は犬猫で上下瞼に各1つずつ、ウサギは下眼瞼に1つあります)。涙やけは、何らかの原因で涙の量が異常に増えたり、眼の表面に涙を留めておけずに眼から溢れてしまったり、鼻腔へうまく排泄することができなかったりすることで起こります。

主な原因には以下のようなものがあります。
眼瞼内反症:眼瞼内反症とは瞼が内側に反ってしまっている状態です。先天的な事がほとんどで、小型犬や顔の皺の多い短頭種に多くみられます。瞼が内側に入り込み、睫毛が目の表面に当たり涙の量が増えます。また、下眼瞼の涙点に涙が上手く入らずに涙やけが起こります。
異所性睫・睫毛乱生:瞼の裏側に睫毛が生える異所性睫毛や、睫毛が目に向かって生える睫毛乱生などによって、睫毛が目の表面に当たると、涙の量が増えて涙やけが起こることがあります。
鼻涙管閉塞:生まれつき涙点がなかったり、鼻涙管が狭かったり、後天的に眼の炎症性疾患や外傷、腫瘍などの病気にかかり、鼻涙管が閉塞することで起こります。
アレルギー:アレルギーは、食物やノミ、花粉などに対して起こります。アレルギーの主な症状は皮膚炎や強い痒みで、眼の周りに症状が出ると結膜炎を引き起こし、涙の量が増えて涙やけが起こることがあります。

治療は原因によって異なります。内反症や睫毛の異常などは外科手術が必要な場合もありますが、酷い時のみ眼薬や内服薬を使う、眼の周囲の毛をこまめにトリミングする、朝晩きちんとお手入れをする事などで、通常は快適に生活することができます。


小型犬には涙やけがよくみられます


No.523 ワクチン(Vaccines)

ワクチンには、コアワクチンとノンコアワクチンがあります。

コアワクチン(Core Vaccines):
・すべての犬猫に接種が推奨されるワクチン
・命に関わる病気、または感染力が強く、広範囲に流行するおそれのある病気を予防
・感染すると重症化しやすく、治療が難しい疾患が多い
・ヒトや他の動物に感染する「人獣共通感染症(ズーノーシス)」も含まれることがある
犬のコアワクチン(全ての犬に推奨)
1. 犬ジステンパーウイルス(CDV)
2. 犬パルボウイルス(CPV)
3. 犬アデノウイルス-1型(CAV-1:犬伝染性肝炎)
4. 犬アデノウイルス-2型(CAV-2:犬伝染性喉頭気管炎)
CAV-1とCAV-2は共通抗原のため、通常はCAV-2のワクチンで対応
この4種を含む混合ワクチンが「5種ワクチン」などとして普及しています
猫のコアワクチン(全ての猫に推奨)
1. 猫汎白血球減少症(猫パルボウイルス)
2. 猫ウイルス性鼻気管炎(FHV-1)
3. 猫カリシウイルス(FCV)
※これら3種を含む「3種混合ワクチン」が一般的です。

ノンコアワクチン(Non-Core Vaccines):
・すべての動物に必ずしも必要ではなく、生活環境や感染リスクに応じて選択的に接種
・特定地域、集団飼育、外出習慣がある動物など、リスクがある場合に接種を検討
・ワクチンによっては副反応リスクがやや高いものもあり
犬のノンコアワクチン(生活環境やリスクに応じて接種)
1. 犬パラインフルエンザウイルス(CPI)
2. 犬コロナウイルス(CCV)
3. レプトスピラ症(複数血清型あり:カニコーラ、イクテロ、グリッポチフォーサなど)
4. ボルデテラ・ブロンキセプティカ(ケンネルコフの原因菌)
5. 狂犬病ワクチン(RV):日本では法律で毎年1回の接種が義務付けられていますが、ワクチン分類上はノンコアワクチンです
猫のノンコアワクチン(生活環境やリスクに応じて接種)
1. 猫白血病ウイルス(FeLV)
2. 猫免疫不全ウイルス(FIV)
3. 猫クラミジア感染症(Chlamydophila felis)
4. 猫ボルデテラ感染症(Bordetella bronchiseptica)
5. 狂犬病ワクチン(日本では猫への法的義務はなし、海外渡航などで必要な場合あり)

VGGのワクチン接種のガイドライン
世界小動物獣医師(WSAVA)のワクチネーションガイドライングループ(VGG)は、世界的に適用できる犬と猫のワクチネーションガイドラインの作成を目的として組織された団体です。
VGG は母親由来の移行抗体(MDA)が、幼少期の子犬や子猫に現在使用されているほとんどのコアワクチンの効果を著しく阻害することをアナウンスしています。MDAのレベルは同腹子間でも大きなばらつきがあるため、子犬や子猫に対してはコアワクチンを複数回、最後の回が16週齢またはそれ以降となるように接種し、次いで生後6または12ヵ月でブースター接種を行うことを推奨しています。
また、成体に安易にワクチン接種することにも警鐘を鳴らしています。VGCによると、コアワクチンの接種に反応した犬猫は、再接種を行わなくても強固な免疫を何年も維持するとされています(免疫記憶)。26~52週後に再接種を行った後は、3年もしくはそれ以上の間隔をあけて再接種を行うことを推奨しています。ただし、ノンコアワクチン、特に細菌抗原を含有するレプトスピラワクチンなどには適用されません。

当院が勧めるコアワクチンのガイドライン
・生後2ヶ月目、3ヶ月目、4ヶ月目、1歳の誕生日の接種
・その後、年1度程度の健康診断時に抗体値検査
・3-5年後に再接種
ノンコアワクチンのガイドライン
・犬の狂犬病は法定接種なので年1度
・他のものは必要に応じて

注意点
・ワクチンメーカーの製剤添付文書には製剤の品質、免疫持続期間(DOI)が示されていますが、DOIは実験的エビデンスに基づいて決定された最小値であり、実際のDOIを反映したものとは限りません。ほとんどの犬猫のコアワクチンに関して、最短のDOIが1年間とされていたため、年1回の再接種が推奨されていました。
・ドックラン、ペットホテル、トリミングサロン、マンションなどの集合住宅、一部の動物病院などで、1年以内のコアワクチンの証明書がないとサービスを受けられない場合があります。
・各ワクチンの摂取は最低3週間以上の間を空ける必要があります。


No.522 ジリスの骨折

ジリスの骨は、ヒトや犬猫などと比較するとずっと軽くて薄く脆いです。そのため、外傷では骨折がとても多く起こります。とくに肢や腰の骨の骨折が多いですが、全身の骨が脆いのであらゆる骨を骨折します。

骨折の原因は、高い場所からの落下、着地の失敗、誤ってヒトに踏まれる、ケージやドアに挟まる、すのこに肢を引っ掛ける、回し車に引っかかる、抱っこを嫌がり暴れるなどですが、病気(上皮小体機能亢進症や骨粗鬆症、腫瘍など)に付随して起こる場合もあります。

治療は、骨をピンで固定する外科手術、バンテージでのギブス固定、ケージレスト(動きを制限すること)などを組み合わせて行います。骨折した部位や受傷部位の状態、年齢や一般状態などにより、どの治療方法を取るかを判断しますが、体が小さいので、プレートなどの強固な固定が可能なインプラントが使えないのと、骨が脆いため、犬や猫よりも治療が難しい場合が多いです。

骨折の治療は最初の2-3週間がとても重要です。自己治癒能力で、骨折を治すための細胞や蛋白がどんどん産生されるのが初めの2-3週間です。また、術後の安静も重要です。動きが激しいため、とくに肢の骨折では、環境の整備やきちんとした看護が必要です。犬や猫なら2-3ヶ月くらいで完治するものがジリスはそれ以上かかることもあります。最悪の場合断脚が必要な場合もあります。無治療だと咬んで骨が露出してしまう場合があるので早期の対処が必要です。


リチャードソンジリスの脛骨腓骨複雑骨折

以下もご参照下さい
No.327 ウサギの骨折
No.180 ロッキングプレート (Locking plate)


No.521 ヒストトリプシー(Histotripsy)

ヒストトリプシー(Histotripsy)は、高強度の超音波パルスを用いて組織を非侵襲的に破壊する技術で、ミシガン州立大学で開発されました。メスや針を使わずに、超音波によるキャビテーション(気泡の発生と崩壊)を利用して組織を破壊するのが特徴です。

これまで肝臓癌や膵臓癌、腎臓癌の治療の選択肢は主に手術、放射線療法、化学療法でした。これらには多くの場合深刻な副作用があります。現在、ヒストトリプシーがアメリカの50以上のヒトの病院で行われており、未来の癌治療として期待されています。

ヒストリプシーは、標的を絞った超音波を使用して、腫瘍内に微細な気泡を形成します。これらの気泡の形成と崩壊により生成される力によって腫瘍塊が崩壊します。全身麻酔は必要ですし、臨床的な積み重ねもまだまだ必要ですが画期的な治療法です。

健康な細胞にも影響を与える放射線療法などとは異なり、腫瘍のみに作用を集中させることで侵襲性が大幅に低くなり、周囲の健康な組織への損傷のリスクが軽減されます。しかも、腫瘍を破壊するだけではなく、免疫系が活性化するアブスコパル効果によって、他の部位の腫瘍も縮小させます。早く研究が進み、日本にも施設ができて、ヒトだけでなく動物達にも使用できるようになってほしいものです。


未来の癌治療ヒストトリプシー


No.520 食道裂孔ヘルニア

胸部と腹部を隔てる横隔膜には、大動脈と大静脈、食道が通る孔があります。この食道が通る孔が食道裂孔で、ここに胃の一部が入り込んでしまうことを食道裂孔ヘルニアと呼びます。

犬ではほとんどが先天性で1歳未満に多く、生まれつき食道裂孔が緩く、そこに胃が入り込んでしまうことで起こります。短頭種はリスクが高いことが知られていて、犬ではシャーペイやフレンチ・ブルドッグなどで注意が必要です。猫では3歳以上での発症が多く、加齢とともに食道裂孔がゆるくなり、ヘルニアが生じると考えられています。ペルシャやヒマラヤンでは注意が必要です。ウサギにも発症します。

症状としては、犬や猫で、流涎、吐き気や嘔吐、胃液の逆流などが見られます。若いころ無症状であっても、加齢や肥満、慢性の咳や嘔吐から発症する場合もあります。食べたものや胃液が逆流し、吐き気があったり、涎が多かったりなどの症状が見られます。こうした症状に関連して、逆流性食道炎や誤嚥性肺炎に発展する危険性もあります。また、子犬や子猫では、兄弟犬や兄弟猫と比べて発育が悪いケースもあります。無症状のことも多く、健康診断で偶然に発覚する場合もあります。

症状から食道裂孔ヘルニアが疑われる場合は、通常のレントゲン検査や造影レントゲン検査をして、胸腔に逸脱した胃を確認します。内視鏡で確認する場合もあります。

経過観察や内科的に治療を行うこともありますが、根本的な解決には外科手術が必要です。外科手術では、胃が再び食道裂孔に入り込まないように固定し、広がってゆるくなった食道裂孔を閉じて整復します。手術が上手くいけばその後は長く健康に過ごすことができます。


胸腔内へ飛び出している胃のレントゲン写真


No.519 フェレットの肝不全

飼いやすく可愛らしく人気のあるフェレットは、調子が悪い時や健康診断で肝臓が悪いと診断されることが多くあります。フェレットの肝臓疾患は、細菌性胆管肝炎、肝リピドーシス、リンパ球性胆管炎、肝臓癌やリンパ腫などの各種の腫瘍、胆石などの発生が多様に発生し、とくにリンパ球性胆管炎などは自己免性疾患として多発することでも有名です。しかし、近年になってフェレットから E 型肝炎ウイルス(HEV)が検出され、肝炎の原因の1つに考えられるようになりました。

HEVはヘペウイルス科ヘペウイルス属に属し肝炎を引き起こします。 シカ、ブタ、イノシシからヒトへのHEV の感染はよく知られていて人獣共通感染症として認識されていますが、フェレットのHEV抗原性や疫学は依然として不明です。ヒトに伝染するかどうかも明らかではありません。

実際の症状は、無症状のものから、急性肝炎や持続感染のパターンが知られ、それぞれの感染したヘペスウイルスの株などで異なることが予想されています。今後の研究で病原性が解明されていくと思いますが、現在のところ、日本では死後の剖検でないと確定診断ができません。治療も、肝臓の保護薬や点滴、その時の状態対しての対症療法が基本となります。


フェレットの肝炎に注意しましょう

こちらもご参照下さい
No.429 慢性肝炎
No.426 猫の肝リピドーシス
No.365 門脈体循環シャント (Portosystemic Shunt:PSS)
No.344 犬の胆嚢粘液嚢腫
No.189 膵炎(Pancreatitis)
No.72 肝臓の検査2
No.71 肝臓の検査1
No.70 胆嚢疾患(Gallbladder disease)


No.518 免疫介在性溶血性貧血(IMHA: Immune-Mediated Hemolytic Anemia)

犬や猫の免疫介在性溶血性貧血(IMHA: Immune-Mediated Hemolytic Anemia) は、動物自身の免疫システムが誤って赤血球を攻撃・破壊することで引き起こされる病気です。これは自己免疫疾患の一種であり、特に犬では比較的よく見られる疾患です。猫でも発生しますが、犬に比べると少ないです。

IMHAには、以下のように一次性(原因不明)と二次性(他の要因に続発)があります。
1. 一次性(特発性)IMHA
原因が明確ではなく、免疫システムが自分の赤血球を異常に認識して攻撃します。犬ではこのタイプが多く、特に雌の中年期の犬で発生しやすいです。
2. 二次性IMHA
他の要因によって免疫が活性化し、赤血球が標的となる場合です。
・感染症(例:バベシア症、ヘモバルトネラ症、エールリヒア症)
・腫瘍(リンパ腫や血液の癌)
・薬物(例:抗生物質や免疫抑制剤)
・ワクチン接種後(稀)
・他の自己免疫疾患

症状は、貧血とその合併症によるものです。
・元気消失、食欲不振
・黄疸(粘膜や皮膚が黄色っぽくなる)
・青白い歯茎(貧血による)
・速い心拍や呼吸
・倦怠感、運動不耐性
・血尿や黒っぽい便
・発熱(炎症や感染が原因)
・血栓症(赤血球破壊の影響で血栓ができやすくなる)

診断は、症状、血液検査の貧血所見、赤血球の凝集、再生性貧血、スフェロサイト(球状赤血球)の出現、クームス試験、PCR検査(感染症の確認)、超音波検査、レントゲン検査(腫瘍や他の異常の確認)、骨髄検査などで総合的に行います。

IMHAは進行が速く、早期治療が重要です。最初はステロイド剤を使用し、効果が得られなければ、他の免疫抑制も使用します。輸血を行う場合もあります。二次性の場合は原因の治療が重要です。

IMHAは致死率が60%と高い病気ですが、早期診断と適切な治療が行われれば回復の可能性があります。血栓症や多臓器不全が主な死亡原因で、初期2~3週間が最も危険です。治療後も再発する場合があるため、長期的な経過観察が必要です。


球状赤血球

こちらもご参照下さい
No.432 溶血性黄疸
No.378 骨髄検査
No.276 溶血性貧血 ( Hemolytic anemia)
No.144 播種性血管内凝固症候群 (DIC)
No.38 貧血(Anemia)2


No.517 肝細胞の空砲状変性

犬や猫の肝臓のFNA検査(針生検)を行うと、空胞状変性という結果がよく出ます。肝細胞の空胞状変性とは、肝細胞内に空胞状の構造が現れる病理学的な状態を指します。これは肝細胞の異常な変化を示しており、さまざまな肝疾患や全身性の病態に関連しています。空胞は脂肪、グリコーゲン、水、またはその他の物質が溜まったものに由来します。空胞状変性が見られる時は、脂肪変性(最も一般的)、水腫性変性、グリコーゲン変性などが起こっています。

以下の疾患や状態が原因となります。
糖尿病:高血糖による代謝異常により、肝細胞に脂肪やグリコーゲンが蓄積します。
肝リピドーシス:猫ではとくに肝リピドーシスが発生しやすく、食事制限やストレスによる急激な食欲不振が誘因となります。肝細胞内に中性脂肪が過剰に蓄積し、顕著な空胞状変性を引き起こします。
ホルモン異常:犬のクッシング症候群、猫の甲状腺機能亢進症などで、コルチゾールや甲状腺ホルモンの異常が影響を与える場合があります。
中毒:タマネギ中毒、キノコ中毒、薬剤中毒(ステロイド、NSAIDs、アセトアミノフェンなど)や有害植物による肝細胞障害。
感染症:レプトスピラ、猫伝染性腹膜炎(FIP)やその他のウイルス、細菌、寄生虫感染。
低酸素状態:ショックや心臓疾患による肝臓への血流不足。
栄養不足や過剰:肥満や飢餓状態による脂肪の異常動員、ビタミンE欠乏。
肝臓腫瘍:原発性、転移性の腫瘍。

確定診断は、症状、病歴、血液検査、レントゲンや超音波、CTなどの画像検査、肝臓の組織検査などで総合的に行います。治療も対症療法と原因疾患に準じて行います。


空胞状変性を起こしている肝細胞

こちらもご参照下さい
No.501 レプトスピラ (Leptospirosis)
No.464 猫伝染性腹膜炎 (Feline infectious peritonitis: FIP)
No.426 猫の肝リピドーシス
No.396 ユリ科の野菜の誤食
No.304 糖尿病 (Diabetes)
No.296 生検
No.79 犬の副腎皮質機能亢進症(Cushing’s syndrome)
No.78 猫の甲状腺機能亢進症 (Hyperthyroidism)