No.440 犬の前庭疾患

前庭疾患とは、様々な原因で平衡感覚を失ってしまう病気全般を指します。動物の身体には、平衡感覚を司る三半規管が両側の内耳に存在します。三半規管が感知した頭の動きや位置が神経を通じて脳幹へ伝えられ平衡感覚が生まれます。片側の三半規管やその信号を受け取る脳幹が機能しないと、世界がグルグルと回ってしまうような感覚に陥り眩暈やふらつきが起こります。

犬の前庭疾患の主な症状は、首を傾けたように頭が斜めになる捻転斜頸、眼球が意思とは関係なく小刻みに揺れる眼振、一方向に円を描くようにぐるぐる回る旋回などの神経症状です。眼球が揺れる方向が縦方向か横方向かなどが病態把握のヒントとなります。100%ではありませんが、水平方向に眼球が動く「水平眼振」の場合は耳の病気が疑われ、垂直方向に動く「垂直眼振」の場合は脳の病気が疑われます。また、嘔吐や食欲不振、元気消失が伴うことも多く、歩くとよろめいて横転し、立っていられない状態になることもしばしばあります。

前庭は、末梢前庭と中枢前庭に分けられます。
・末梢前庭:内耳の三半規管と前庭と前庭神経(内耳神経のひとつ)
・中枢前庭:橋、延髄の一部。小脳の一部(片葉:へんよう)
発症する前庭疾患の多くは末梢性のものです。中枢性前庭疾患は比較的稀ですが経過が悪いです。

原因もそれぞれ末梢と中枢で分けられます。
末梢性前庭疾患の主な原因
・中耳炎、内耳炎
・老犬の特発性前庭疾患
・内耳腫瘍、ポリープ
・外傷
・先天性
・聴毒性のある薬剤、化学物質
・甲状腺機能低下症
など
中枢性前庭疾患の主な原因
・脳炎
・腫瘍
・脳梗塞
・外傷や出血
・薬物(メトロニダゾール中毒など)
・甲状腺機能低下症
など

前庭疾患で起こる症状は他の神経症状が現れる疾患でもよく見られるものもあります。観察や検査により前庭疾患かどうか、またどの部位で異常が起こっているのかを明らかにしていきます。正確な診断のためは病歴と神経学的検査がとても大切です。また、以下のような検査も行います。
・耳鏡検査
・歩行検査
・神経学的検査
・血液検査(とくに甲状腺検査)
・CT検査、MRI検査

治療は、中耳炎・内耳炎や内耳の腫瘍・ポリープは投薬や手術によって治療されることが多いですが、障害が重度な場合には治療をしても機能が完全には回復しないこともありますので早期の積極的な治療が大切です。三半規管に毒性のある薬によって起こった前庭疾患は、障害を受けた三半規管は治りませんが徐々に慣れて症状が改善する事があります。また、同時に聴覚が障害を受けることがあります。特発性前庭障害は原因不明の病気で急激にひどい症状が出ることが多いですが、4~5日後から徐々に改善し始め、数週間で回復することが多い疾患です。脳腫瘍、脳炎、脳梗塞などは原因の病気を治す事が大切ですが、脳幹は手術が非常に難しい部位なため、脳腫瘍の治療は一般的に困難です。メトロニダゾールは下痢などの治療によく使われる抗生物質ですが、長い期間飲んだりたくさん飲んだり肝機能が低下していて十分に代謝できない状態だと中毒を起こすことがあります。通常は4~5日間の入院治療で回復します。甲状腺機能低下症は犬で多く、上記の様に末梢性前疾患でも中枢性前庭疾患でも認められます。眼振の症状を犬で認めたら甲状腺のチェックが必要です。


前庭疾患で捻転斜頸を呈した犬

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