No.365 門脈体循環シャント (Portosystemic Shunt:PSS)

門脈体循環シャント(PSS)は、本来肝臓に入るべき胃腸からの血液が、シャントと呼ばれる異常な血管を経由して肝臓で解毒を受けないまま全身を巡ってしまう疾患です。胃腸からの血液には、アンモニア、メルカプトン、短鎖脂肪酸など数多くの毒素が含まれており、解毒を受けなければ体に害を及ぼします。この解毒業務を受け持っているのが肝臓です。正常であれば胃腸からの血液は、門脈と呼ばれる専用の血管を通じて肝臓内に入り、解毒を受けて全身を巡る血液循環(体循環)に合流します。しかしシャント血管があると、門脈から体循環につながる血管に近道ができてしまっているため、解毒を受けていない血液がそのまま体循環に混入してしまいます。その結果、有害な物質が体の各所に届くようになり、様々な弊害を生み出すと同時に、肝臓が栄養失調に陥って小さく萎縮していきます。この状態が門脈体循環シャント(PSS)です。

PSSは先天性のものと後天性のものがあります。先天性は生まれた時からシャント血管が存在します(一般的には先天性が外科治療の対象です)。後天性は何かしらの原因(肝臓の炎症、繊維化など)によって門脈圧が亢進し、複数のシャント血管できてしまいます。後天性は多発性(マルチプル)といわれ、太かったり細かったりする様々な血管から、解毒されていない血液が後大静脈に流れ込みます。このようなタイプは基本的には手術が適応ではありません。

PSSの犬や猫は、シャント血管の場所や太さによって様々な症状を示します。先天的な異常であるため、子供の時から同腹の子と比較して体格が小さく、体重増加が見られないなどの発育障害が生じます。また、食欲不振、うつ、下痢や嘔吐、多飲多尿などもみられます。門脈シャントが原因の尿石症で血尿や排尿困難を呈する場合や、肝臓による解毒が出来ないために起こる、運動失調、昏迷、脱力、円運動、こん睡などの神経症状が認められる肝性脳症が起こる場合もあります。しかし、症状がほとんどなくシニアになるまで発見されない症例もたくさんいます。猫ではcopper eyeという銅色の眼を呈する子もいます(copper eyeだからといって必ずしもPSSだとはいえません)。

PSSでは、血液検査の特徴として血液中のアンモニアや胆汁酸の高値を認めることがあります。通常犬の血液中の胆汁酸の濃度は25μmol/L以下と非常に微量ですが、重度な肝障害や門脈血流が大静脈に流入すると、血中の胆汁酸の濃度が異常な高値になります。胆汁酸は肝臓に極めて特異性の高い物質です。肝臓の逸脱酵素や胆管酵素に異常が認められない場合でも、肝機能や門脈循環に異常がある時には必ず上昇するので、これらの疾患が示唆される症例においては非常に有用な検査となります。また、超音波検査もPSSに有効な検査法です。

確定診断には、以前は全身麻酔下で開腹をしての門脈造影検査が必要でしたが、現在では、血管造影CT検査を行うことによって、開腹をしなくても鮮明に腹部内の血管を確認することができるようになりました。それによってPSSの確定診断が得られるようになるだけなく、シャント血管のいろいろなタイプを分類できるようになり、さらに、どこでシャント血管を処理すれば、最も良い治療効果が得られるかについても術前に評価できるようになりました。

治療は先天性の場合は通常外科手術が第1選択です。シャント血管を縫合糸で結紮、閉鎖する方法が一般的です(この手術の数日後に一次的な痙攣が起こることがあります)。しかし、シャント血管が数本ある場合(マルチプルシャント)は手術が非常に困難なことが多く、治療が難しくなります。手術以外の治療は、点滴や低蛋白食、抗生物質などの内科的な対症療法に限定され、内科治療のみで治ることは残念ながらありません。重度発症の場合は、生まれてすぐ、あるいは数ヵ月で亡くなる確率が高い病気です。遺伝的な要素が指摘されているため、門脈シャントの遺伝子を持つ可能性がある動物は繁殖に使わないことが薦められます。


宮崎大学獣医学部のホームページから引用