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No.147 認知症4 (CDS)

以前にも書きましたが、ご質問の多い認知症についた解説します。認知症は、正しくは認知機能不全症候群(Cognitive Dysfunction Syndrome:CDS)と言います。とくに犬のCDSはヒトの病態と類似します。主な症状には下記のようなものがあります。

10-18歳の犬72頭からの調査(2007年)
1. 排泄の失敗(25%)
2. よくほえるようになった(23%)
3. 家族とのコミュニケーションの変化(20%)
4. 命令に従わない(20%)
5. 家の中や庭で迷う(14%)
6. 睡眠周期の変化(8%)
7. 部屋の隅で動けなくなる(8%)

11-12歳の犬の約28%、15-18歳の犬の約68%、11-14歳の猫の30%、15歳以上の猫の50%が上記の中の1つ以上の兆候があると言われています。また、日本犬とヨークシャー・テリアに多いとされてきましたが、他の犬種でもみられます。単なる老いとCDVは違います。進行がゆっくりなため見過ごされている場合も多いです。

診断には次の4つの兆候を検討します。DISHAの徴候と呼ばれています。
・見当識障害 (Disorientation)
・相互反応変化 (Interaction Changes)
・睡眠あるいは行動の変化 (Sleep or Activity Changes)
・トイレトレーニングを忘れる (Housetraining is Forgotten)
・活動性の変化 (Activity changes)

CDSは完治させられるものではないので、治療は、進行を緩め、QOLの改善を目指します。症状が重く、夜泣きなどがどうしようもない状態になってからでは できることに限りがあります。早期の治療の開始が推奨されます。治療は主に以下の4つを組み合わせます。

1.環境修正:犬に優しい生活環境を作る
・行きやすいトイレ
・床を滑らないゆにする
・家具の移動をしない
・障害物や階段などでの事故が起こらないようにする
2.行動修正:ストレスの少ない環境と犬の心身の刺激
・叱らない
・適度な運動・トレーニング
・トイレに頻繁に連れていく
・知育トイ(コングなど)を与える
3.栄養的介入
脳細胞は酸化による「攻撃」をうけている。 フリーラジカルの大部分は内因性(ミトコンドリアのエネルギー産生の際に発生)。脳はフリーラジカルの損傷を受けやすいとされている
・DHA/EPA や抗酸化物質の含有食が高齢犬のDISHAの症状の改善に好影響を与え る
4.薬物療法:早めに始めると効果が高いと言われています
・塩酸セレギリン(選択的MAO-B阻害剤)、塩酸ドネペジル(アルツハイマー型認知症治療剤)など
・抗不安薬、睡眠導入剤などによる対症療法
・代替医療:ホメオパシー、漢方、サプリメントなど

以前は犬の認知症はヒトのアルツハイマーとは違うといわれていましたが、近年の研究では、犬の認知症の病理はアルツハイマーと似ているという結果が出ています。いずれにしても、予防すること、早期発見と早期治療が一番大切です。

こちらもご覧下さい
No.112 認知症3 徘徊
No.111 認知症2 夜泣き
No.110 認知症1

今回のメルマガは入交眞巳先生(日本ヒルズコルゲート株式会社)のセミナーを参考にしています。


No.146 優位性行動・劣位性行動

犬の優位性行動と劣位性行動を考えてみましょう。わかりやすく言い換えると、優位性行動とは『自信のある行動』、劣位性行動とは『自信のない行動』です。ヒトvs犬、犬vs犬でも、生活の場面場面で優位性行動と劣位性行動は現れます。とくに初対面の場合は顕著です。
これらは交互に現れることもあり、また、どちらなのか判断が付かない場合も多いですが、優位性行動は優位で不安がないので基本的には普通にしていますので、劣位行動がコミュニケーションをリードすることが多いです。両者が優位性行動同士だとケンカになるので、争いたくない方が譲るというような場合がそうです。劣位性行動は不安で下記のような行動をとります。

犬の劣位(不安)行動 :犬が怖がっている、または不安で自信のないときも見せる行動
・歯を見せる:優位性行動では歯を見せずに威嚇します
・口角を上げる・引く:にっと笑っているように見えます
・耳を下げる
・尾が下がる
・目をそらす:見つめあうとオキシトシンという幸せホルモンが出ますが、やり過ぎると不安になり上か横を向きます
・甘える:相手の口を舐めるなど
・唇をなめる
・舌をしょっちゅう出す
・口をもぐもぐさせる
・上を向く
・横を向く
・理由なく床をかぐ
・あくびをする
・体をなめる
・体をひっかく
・パンティングをはじめる

とくに最初の5つは重要です。思い当たる行動もあるのではないでしょうか?劣位行動が相手に伝わらないと、吠える・唸る→咬むとなります。子供さんの多くの不幸な咬傷事故は、犬が不安になって起こっていると考えられます。子供でも犬よりは大きいので犬は怖がります。手が上から来るのも恐怖です。不安でいっぱいな犬とのハグは顔を咬まれることがあります。
また、食事を横取りされそうになったり、叩かれそうになったりすると、当然ながら犬は不安になります。これらのような単純ではない場面では不安の原因をすぐに見つけられないことも多いですが、上記のような行動が見られたら、犬が一生懸命に「自分は不安です」「恐いです」と言っていると理解してあげて下さい。そして、焦らずに犬の立場・気持ちになって、その状況を整理して考えてみてください。

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No.145 犬の行動学

犬の精神年齢はヒトの2-3歳、学習能力は9歳くらいと言われています。犬の行動学も日進月歩です。一昔前に信じられていたことが、実は違っていたとされることも多いです。

例を1つ挙げると、犬はパックと呼ばれる特殊な群れで生活する狼を先祖に持つので、群れの中の階級を重要視していて、ヒトとの生活の中でも家族の中に順位を付けていて、この順位がヒトより犬の方が上だと問題行動が起こる。と当然のように言われてきました。しかし、近年の研究で、犬はリーダーを筆頭とした階級社会を意識して生活しているわけではないということが分かってきました。家族の中でも自分に甘い人の言う事は聞かず、厳しく接する人の言う事は聞く、飼主さんの言う事は聞かず、訓練士さんの言う事はよく聞く、などということはあると思いますが、単純ではありません。基本的には犬は自分にどんな損得があるか、今が快適かどうかを考えて生活しているというのが現在の見解です。

同様に、以下のことはみんなオッケーです。
・犬が先に食べる
・犬がソファーやベッドの上で寝る
・犬がドアから先に出る
・散歩で犬が先に歩く
・寝転んでいる人の上で遊ぶ

上記のようなことで、犬が上位に立つとか人をバカにするというような問題はありません。このようなことに対して叱り続けると犬は混乱します。自分の何倍もある動物に意味のわからない言葉を強い調子で言われたら怖いですよね。一昔前に言われていた、アルファシンドロームや権勢症候群などは、ほとんどが、犬の社会化が上手くいっていないためにどうふるまったらよいかわからない(犬の社会化は4ヶ月齢までが大事です)、もしくは、ヒトが犬を理解していなくて、強い不安を与えて攻撃的になってしまっている状態です。古い常識にとらわれずに、愛情を持って行動をよく観察してみて下さい。

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No.144 播種性血管内凝固症候群 (DIC)

正常な血管内では、血管内皮の抗血栓性や血液中の抗凝固因子の働きにより、血液は固まることはありません。しかし、何らかの原因により、血管内のあちこちに血栓が生じることがあります。血管内に血栓が無数にできることで、小さな血管が詰まり、本来は出血の抑制に必要となる血小板や凝固因子を使い果たしてしまい、実際には出血傾向となります。この状態を「播種性血管内凝固症候群(DIC)」と言います。

DICは見た目が比較的元気なときに、急に発症することもあり、血が止まらず大量出血によって死に至るケースも少なくありません。これといった特効薬もないので、いかに早期発見・早期治療ができるかがポイントとなります。DICの発症には、基礎疾患が関与しています。未だ確固たる機序は証明されていませんが、基礎疾患が悪化した際に、生体内の抗血栓性の制御をはるかに超える大量の凝固促進物質が血管内に流入することが原因であると考えられています。

凝固活動が活性化すると、血栓の元になる血小板や凝固因子が大量に消費され、それらが著しく減少します。その結果、凝固反応が加速化し、血栓の抑制機能を低下(血栓形成を促進)させます。さらに、血栓を溶かそうとして働くプラスミンが、本来の止血のための血栓をも溶かしてしまうため、出血傾向がさらに高まります。このように、血液を固める凝固作用と、固まった血液を溶かす作用が同時に起こることで大量出血が引き起こされます。なお、主な基礎疾患には、下記のようなものがあります。太字はよく見られるものです。

腫瘍性疾患:血管肉腫、血管腫、転移性甲状腺癌、転移性乳癌、前立腺癌、胆管癌、リンパ腫
感染性疾患:細菌性心内膜炎、犬伝染性肝炎、バベシア症、フィラリア症、猫伝染性膜膜炎
炎症:子宮蓄膿症膿瘍、化膿性皮膚炎、化膿性気管支肺炎、急性肝臓壊死、急性進行性肝炎、膵炎、出血性胃腸炎、多形紅斑
その他:ショック熱中症、肝硬変、毒ヘビの咬傷、免疫介在性溶血性貧血、アフラトキシン中毒、うっ血性心不全、胃拡張・胃捻転症候群、横隔膜ヘルニア、心弁膜繊維症、寒冷凝集素病、手術後、真菌性菌腫、腎アミロイドーシス、肺血栓栓塞症、肝リピドーシス

DICの症状は「出血」と「臓器症状」があり、どちらが強く発現するかは綿溶(血栓の溶解)と凝固の優位性によって異なります。綿溶が優位に働く場合には出血症状が発現し、凝固が優位に働く場合には臓器症状が発現します。

出血症状:血栓の元になる血小板や凝固因子が低下することで、出血傾向が高まります。止血作用が働いていると出血量はそれほど多くはありませんが、プラスミンの働きにより、止血のための血栓をも溶かしてしまうと、止血が追い付かなくなり、大量出血となります。DICに起因する基礎疾患のうち、悪性腫瘍、造血器腫瘍は出血症状が主です。

臓器症状:微小血栓が多発すると、各臓器に十分な血液が流れなくなり、いわゆる微小循環障害をきたします。その結果、十分な血液を供給できない臓器で機能障害を生じ、進行具合によっては全く機能しなくなる”不全”の状態に陥ります。DICでは、微小血栓が血管内のさまざまな部分に無数に発生することから、しばしば多臓器不全を引き起こします。臓器症状を呈する主な基礎疾患は、敗血症などの細菌感染症であり、薬物治療によって改善を図りますが、敗血症自体が生命にかかわる病気のため、DICを合併した敗血症患者の死亡率は60%以上にものぼると言われています。

DICの状態になってしまうと救命率は下がります。基礎疾患の治療が1番の治療です。小さな膿瘍からでもDIC になってしまう場合があります。DICに移行しやすい疾患のときは迅速な対応が必要です。


No.143 全身性炎症反応症候群 (SIRS)

全身性炎症反応症候群(SIRS)は『各種の侵襲により免疫担当細胞、あるいは炎症細胞が刺激を受け、炎症性サイトカインを産生し、それが血中へ入って全身を循環し全身的な炎症反応を引き起こしている状態』と定義されます。侵襲によって生体がどの程度反応しているかを知るためのものです。
SIRSは、手術、外傷、熱傷、炎症、感染症などの様々な侵襲によって起こります。本来のバランスを失ってしまったサイトカインが暴走している状態です。言い方を変えると、SIRSは高サイトカイン血症であるとも言えます。(サイトカインの内、IL-1,IL-6,IL-8,TNF-αなどを炎症性サイトカインと呼びます)
SIRSの状態になると、サイトカインの増加により準備された好中球が組織を攻撃してしまい、組織の酸素代謝がうまくいなくなり、最終的に多臓器不全になり、死にいたることもあります。ヒトでは発症者の約30%がショックを引き起こすとされ、一見元気そうに見えていても、SIRSの基準を満たし、さらに要因を多くもっている場合は急変する危険性が高いとされています。
また、SIRSはの概念は、様々な侵襲によって、生体が全身的な炎症反応を引き起こしているかどうかを、簡単に把握できる警告信号として利用することができます。


当然、動物の場合は、品種、年齢や環境などによっても心拍数、呼吸数、体温などは影響を受けますし、上記の基準に完全に沿った場合、集中治療の必要のない症例も多く拾ってしまい、死亡率が10%のものと50%以上のものをひとくくりにしてしまうという問題点がありますが(10%でも十分高い死亡率ですが)、比較的簡便なので,獣医学領域では、現場で多用されている概念です。
白血球以外はご自宅でも簡単に測定できる項目です。手術後や感染症の治療中で、ご自宅でケアする場合、飼主さんは理解しておいた方が良いと思います。

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No142 サイトカイン


No.142 サイトカイン (Cytokine)

白血球の働きは、この30年くらいで非常に多くのことが分かってきました。その1つがサイトカインと呼ばれる物質の存在です。サイトカインとは聞きなれない言葉かもしれませんが、医学領域では、炎症・免疫・アレルギー・感染症・抗腫瘍などの生体防御系に影響する多くのことに関わる物質です。

サイトカインとは、抗原が感作リンパ球に結合したときに、そのリンパ球から分泌される特殊なタンパク質の総称です。細胞間の情報伝達・コミュニケーションの役割をします。サイトカインの働きに異常が生じると、様々な病気の出発点になってしまいます。ひとつのサイトカインは複数の機能を持ち、その上、いくつものサイトカインが同じ機能を持っているという特徴があります。また、サイトカイン同士が互いに影響してサイトカインの産生を調節するフィードバック機能も備えています。なかなか複雑です。
主なサイトカインを簡単に以下に挙げます。

インターロイキン(IL):白血球が分泌し免疫系の調節、細胞間のコミュニケーション機能の役割をします。現在30種以上が知られています。また、単球やマクロファージが分泌するものをモノカイン、リンパ球が分泌するものをリンフォカインと呼ぶこともあります。
インターフェロン(IF-αβγ):腫瘍などの病原体やウィルスなどの異物が体内に入ったときに分泌されます。主な役割は抗腫瘍・抗ウィルス・免疫増強作用です。
ケモカイン:白血球を遊走させる活性を持つサイトカインのこと。50種類以上あります。
造血因子(CFS):血液細胞・免疫細胞の増殖・分化に関与します。
腫瘍壊死因子(TNF-α):腫瘍細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導します。

この他にもたくさんのサイトカインが見つかっています。これからもどんどん新しいサイトカインが発見されていくでしょう。


No.141 消化管内視鏡

内視鏡とは先端に小さなレンズを付けた細い管を体の中に入れ、モニターで観察・処置・検査材料の採材をする機器です。内視鏡には、気管や気管支を観察する「気管支鏡」、鼻の粘膜を観察する「鼻鏡」、耳の奥を観察する「耳鏡」、尿道や膀胱の粘膜を観察する「膀胱鏡」、関節内部を観察する「関節鏡」、胸腔の検査・手術のための「胸腔鏡」、腹腔の検査・手術のための「腹腔鏡」、そして消化管を観察する「消化管内視鏡」があります。今回はこの消化管内視鏡のお話です。

消化管内視鏡検査は検査する部位により種類が分かれます。胃を中心に見る場合は「胃内視鏡」いわゆる胃カメラと呼びますが、食道、胃、十二指腸はまとめて上部消化管と呼ばれますので、上部消化管全体を観察する場合は「上部消化管内視鏡」となります。通常は、胃だけを観察するよりも、食道、胃、十二指腸を含めて観察することが一般的です。犬や猫では胃よりも十二指腸の方が異常が出ることが多いです。また、大腸を調べる場合は、肛門から内視鏡を挿入して、直腸を含む大腸全体(場合によって回腸も)の検査を「大腸内視鏡」にて行います。なおこの検査を上部と対比して、「下部消化管内視鏡」と呼ぶ場合もあります。

消化管内視鏡を使用する場合、ヒトと動物の一番の違いはヒトでは喉の局所麻酔と状況によって鎮静剤ぐらいで施術が可能ですが、動物の場合は基本的に全身麻酔が必要となります。また、ヒトでは人間ドックの一環として行われることが一番多いのですが、犬や猫の場合は誤食した異物を取り出すために使用されることが多いです。

消化管内視鏡検査は全身麻酔こそ必要ですが、侵襲性が低いすぐれた検査です。異物の取り出し以外にも、慢性の嘔吐や下痢などの消化器症状の診断のために使用されます。バイオプシーと言って消化管粘膜の細胞を取ってくることにより、リンパ球形質細胞性腸炎、リンパ管拡張症、好酸球性腸炎、炎症性腸疾患(IBD)、リンパ腫、その他の癌などの診断が可能です。また、小さなポリープなら切除も可能です。


内視鏡


No.140 痛み(Pain)

『痛み』とは、国際疼痛学会(IASP)で「組織の実質的あるいは潜在的な障害に結びつくか、このような障害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・感情体験」と定義されています。ややこしいので簡単な例を挙げます。例えばドアに指を挟んだときのことを思い浮かべてください。このとき「痛い」は当然として「辛い」とも思わないでしょうか?「痛い」は感覚で「辛い」は感情です。ドアに指を挟んだときに生じる痛みは不快な感覚・感情体験です。テレビドラマなどで、このときに経験したのと同じような「ドアに指を挟む」場面を見ると痛いと思うことがあります。これは、今、実際に痛みがあるわけではないけれど、思い出して痛いと感じていることになります。このように、痛みには実際に経験して感じる痛み思いだして感じる痛みの2つの流れがあります。このような理由から、言葉によるコミュニケーションが取れない動物たちには、痛みがあるかどうか、痛みを感じているかどうかわからないから痛くないと考えるのは間違いといえます。

不快な痛みですが、痛みを感じるということは、生命の防御反応にとっては非常に重要です。痛みは組織や精神に何らかのダメージを与えます。普通に痛みを感じる私たちは、ドアに挟まれそうになったときに手を引っ込めたり、転んだときは受け身を取ったりと反応します。このダメージから逃げる反応こそが生命を守るために必要です。そのため、人を含め動物は痛みから逃げるという反応を持っているのです。ここに痛みが存在する意義があります。

では、痛みは重要な反応だから、そのまま取り除かなくても良いのでしょうか?10年前くらいまでは、動物の痛みは取り除く必要がないという考え方が一般的でした。動物は痛みに強いなどと思われていたのです。また、手術のあとなど傷口が痛いと動物は動かないし、傷口をあまり舐めないので、傷口が痛い方が早く治るなどとも思われていました。しかしそれは間違いで、痛みが続くことによって生体には様々な不利益が生じます。その主なものを挙げてみます。

痛みが身体に及ぼす影響
精神状態:気力の低下、不安感
→痛みの感覚の増強
呼吸器系:肺活量・肺のコンプライアンス・換気量の低下
→体の中の酸素の低下、二酸化炭素の上昇
循環器系:交感神経の緊張の増加
→心拍数・血圧の上昇、心臓への負荷の増大
内分泌系:コルチゾールの分泌促進
→ストレス反応の促進(心拍数・血圧の上昇)、体の負担の増加
代謝系:体内異化亢進、タンパク分解増加
→栄養不良状態、削痩、創傷治癒の遅延
その他:食欲低下、運動性・活動性の低下、血液凝固能の亢進
→血栓形成の促進

上記のようなことが痛みが続くことによって生じます。例えば、心臓の悪い犬の手術をしたあとに、きちんと痛みを止めてあげないと、血圧や心拍数の増大が起こって、肺に水が溜まる肺水腫という状況になってしまうことがあることはよく知られています。そもそも痛いのはかわいそうですよね。

現在、痛み止めの薬はよいものがたくさん出ています。状況に応じて使いわけをしています。


No.139 高齢猫の体重減少

「歳だから体重が減るのは仕方ない」「食欲はあるから体重は減っても大丈夫」と思われている方は多いと思いますが、2008年のアメリカの調査では、体重の減少が少ない猫ほど長生きという結果が出ています。高齢猫の体重減少を抑えると『病気が減る』『寿命が延びる』こともわかっています。

体重の変化は主に筋肉と脂肪の減少です。体重から脂肪組織の重量を引いたものを除脂肪体重(LBM)といいます。猫のLBMは12歳から減少しはじめます。このLBMを維持することが重要です。

よくある間違いの1つは高齢の痩せた猫に低カロリーのシニア食を与えていることです。まずは痩せた原因を掴まなければなりません。とくに13歳以上の猫は体重が減ってもエネルギー要求量が上がっています。健康な成猫のタンパク要求量は5g/kgです。そのうちの34%はたんぱく由来のカロリーが必要です。老猫は消化吸収機能の減退、代謝の変化によってもっと必要です。シニア食を与えるときは注意が必要です。5%以上の体重減少は非常に危険です。すぐにきちんとした対処が必要です。

高齢猫で体重が減少してくる主な原因となるものを挙げてみます(太字はとくに多い疾患)。

食欲は正常または亢進
・代謝性:甲状腺機能亢進症、糖尿病
・炎症性:炎症性腸疾患(IBD)

食欲は正常
・代謝性:甲状腺機能亢進症、糖尿病、先端巨大症、副腎皮質機能亢進症、タンパク喪失性腎症(ネフローゼ)
・腫瘍:消化器型リンパ腫
・栄養性:不十分な栄養
・炎症性:IBD、慢性膵炎、膵外分泌不全、リンパ球性胆管炎
・感染性:消化管内寄生虫

食欲減退
・嗅覚・味覚の低下
・口腔内疾患:歯周病
・代謝性:慢性腎臓病(CKD)
・炎症性:IBD、慢性膵炎、関節炎

食欲なし
・先天性異常:門脈体循環シャント
・代謝性:CKD、甲状腺機能亢進症と併発疾患、慢性胆管肝炎、糖尿病性ケトアシドーシス、重度のネフローゼ
・心血管性:重度の心疾患と悪液質
・感染性:細菌感染と発熱
・腫瘍性:癌性悪液質
・感染性:FIV、FeLV、FIP、FVR、トキソプラズマ、クリプトコッカス、全身性真菌症
・炎症性:IBD、慢性膵炎
・特発性:乳糜胸

このようにいろいろな病気が原因となります。病気が1つでないことも多いです。痩せてきたのを早期に発見し、原因を早期に特定し、きちんとした治療をして、体重と筋肉を元に戻すことが長寿のためには必要です。


21歳の猫ちゃん


No.138 第16回 飼主様向けセミナー

昨日の飼主様向けのセミナーにご参加くださった方々、ありがとうございました。是枝先生による跛行のお話はいかがでしたでしょうか?簡単にまとめると
・人工股関節
・股関節形成不全(HD)
・レッグペルテス(LCPD)
・前十字靭帯断裂(CCLR)
・犬猫の関節炎のサイン
のお話でした。

アンケートにあったご質問にお答えします

Q.一般の病院で人工関節の手術を専門医にやってもらうことは可能か?
A.高度な整形外科手術のための設備がある病院ならば可能です。当院は可能です。

Q.犬の人工関節の手術代は?
A.動物のサイズにもよりますが60-80万円くらいです(その約半分は、人工関節のキットの代金です)

また、参加されなかった方でも自宅でも応用できる関節炎のサインを挙げておきます。

犬の関節炎のサイン
・運動量の減少:走りたがらない、散歩を嫌がる、ボールなどで遊ばなくなる
・ジャンプできない:上り下りをしなくなる、車やソファに飛び乗らなくなる
・前肢:脚をひきずって頭が上下する(頭が上がってしまう胞の脚に問題)
・後肢:お尻が上下する(お尻が上がってしまう方の脚に痛みがあることが多い)
・関節の硬さ:関節が硬くなると歩幅が短くなる
・不自然な姿勢:
座り方や立ち方が不自然
脚が左右に流れる
体重が体の中心に来ていない
背中が丸まっている
通常犬の背中はまっすぐ、まっすぐでないのは痛みのサイン

猫の関節炎のサイン
・12歳以上の猫の90%に関節炎がある(治療を受けているのは7%)
・猫は身軽なため症状を見落としやすい
・ジャンプをしなくなった:猫は高いところに登ったりするのが好きな動物
・ジャンプが低くなった:ジャンプはするけど高さが低くなった
・関節の硬さ:歩幅が狭くなりゆっくり歩く
・歳を取ったように見える:
歳を取っても関節が健康なら俊敏
動きに制限が出ると歳を取ったようにみえる

関節炎は元に戻せません。悪化する前に、原因を特定し、早期に進行を抑えることが大事です。

こちらもご覧下さい
No102前十字靭帯断裂1
No103前十字靭帯断裂2