No.412 病的な震え(振戦)と痙攣2

 前回の続きです。

脳神経疾患
癲癇や水頭症、脳炎など中枢神経系の疾患により震えや痙攣などの神経症状が見られる事があります。

・癲癇、てんかん
癲癇は、2回以上反復的に起こる痙攣発作をさし、MRIや脳脊髄液の検査などで原因となる異常が認められない場合を特発性癲癇と呼びます。特発性癲癇の原因はわかっていませんが遺伝的な関与が強く疑われています。痙攣発作時以外は正常であることも特徴です。発作のタイプで最も多いのは全身がピーンと伸びて、足や口を細かくガタガタと震わせる強直性痙攣です。その他にも、脳の一部分が興奮することによって起こる焦点性発作(部分発作)というものもあります。焦点性発作では、全身ではなく体の一部分だけが痙攣を起こしたり、流涎、チック(思わず起こってしまう素早い身体の動きや発声)などが見られる事があります。

・水頭症
水頭症は、脳室と呼ばれるスペースに過剰な脳脊髄が貯留し、脳の実質に異常な圧がかかってしまう病気です。先天性と後天性(二次性)があります。先天性の場合はチワワなどの小型犬に多く見られます。症状は程度によって様々です。ぼーっとしている、元気がない、寝ている時間が多くなるなどの症状が一般的で、進行すると震えや痙攣、歩行障害などが出てきます。

・脳炎
脳炎にはさまざまな原因があり、ジステンパーウイルスによる感染性脳炎や、パグなどの犬種で見られることの多い壊死性脳炎、肉芽腫性髄膜脳炎などが挙げられます。これらの脳炎によって震えや痙攣、運動失調、ふらつきなどの症状が見られる事があります。

・小脳疾患
小脳は四肢の協調運動、姿勢保持、歩行調節、平衡感覚の調節などの中枢を担っています。小脳の機能異常などにより、震えや運動失調、ふらつき、痙攣発作などが生じる事があります。

痛みによるもの
痛みにより震えの症状が見られる事があります。

・椎間板ヘルニア
犬でよく見られる病気のひとつに、椎間板ヘルニアがあります。椎間板ヘルニアは、脊椎の椎骨の間にある椎間板というクッションが飛び出して、脊髄を圧迫し、神経に異常を生じる病気です。症状はグレードによって様々ですが、痛みや違和感、震え、歩きたがらないなどの症状が見られます。神経麻痺の程度が進行すると、ふらついて歩けない、脚を動かせない、排尿障害が見られる事があります。

・膵炎
膵炎は、膵臓自ら作り出す膵液が何らかの原因で活性化することによって、膵臓自体が強い炎症を起こす病気です。膵炎の症状は嘔吐や下痢、脱水、食欲不振、腹部痛などが挙げられます。症状は程度によって様々ですが、重症化するとショックや呼吸困難、凝固障害を引き起こし命に関わることもある怖い病気です。膵炎による腹部痛により、震えや触られるのを嫌がったりするなどの症状が見られることがあります。

筋肉の異常

・筋ジストロフィー
遺伝性の疾患で、筋力低下や筋萎縮、易疲労性が見られる病気です。筋肉の病気なので、震えや運動や歩行能力の低下が見られます。咀嚼や嚥下困難、流涎や開口困難を認めることも多いです。

・筋炎
筋肉に炎症が見られる病気です。骨格筋に対する自己免疫疾患と考えられています。全身の筋肉の虚脱や筋萎縮が生じ、起立時などで震えが見られる事が多いです。

・特発性振戦症候群
全身性に細かな震えを引き起こす病気です。若齢の小型犬に発症が多く、特にミニチュア・ピンシャーが好発します。以前は白い毛の犬に好発すると考えられていましたが(ホワイト・ドッグ・シェイカー・シンドローム)、実際には他の毛色でも発症します。病態はまだわかっていない事が多い病気です。

犬の震えや痙攣の原因は様々です。病気が原因の場合、命に関わることもあります。先述した生理的な震えを引き起こす要因に思い当たることがなかったり、他にも元気・食欲の低下、下痢や嘔吐などの別の症状もあるようでしたら早めの受信がオススメです。

こちらもご参照ください
No411 病的な震え(振戦)と痙攣1
No410 生理的な震え
No258 犬の脳炎
No189 膵炎
No89 癲癇、てんかん
No83 椎間板ヘルニア2
No82 椎間板ヘルニア1


No.411 病的な震え(振戦)と痙攣1

代謝異常
病気の場合に考えられる症状として、腎機能異常、肝機能異常、電解質異常、低血糖、高アンモニア血症、低カルシウム血症、低リン血症など代謝性疾患によるものが考えられます。

・急性腎不全、慢性腎不全
腎臓は、血液を濾過し、余分な水分や老廃物などを尿として体外へ排出する機能を担っています。腎臓の機能が低下すると、排出されるはずの老廃物が犬の体内に蓄積されて血中の老廃物濃度が高まります。老廃物や毒素が体内に蓄積し、様々な障害を生じる状態を尿毒症といい、深刻な全身症状をもたらします。尿毒症の原因としては、急性腎不全、慢性腎不全、中毒などがあげられます。尿毒症では震えや痙攣が起こることが多いです。それ以外の症状として、食欲低下、元気消失、口臭、脱水、嘔吐・下痢などが見られる事があります。

・肝機能障害
肝臓機能低下や門脈体循環シャントなどにより肝性脳症が生じ、震えや痙攣が起きることもあります。肝性脳症とは、本来肝臓で解毒されるはずのアンモニアなどの体内代謝物や毒性物質が、肝臓でうまく解毒されないために全身を循環してしまい脳へ影響を与え、神経系等に障害をきたす症状を言います。他に嘔吐、よだれ、ふらつき、元気消失、徘徊行動、旋回行動、昏睡や意識障害などがみられます。

・低血糖
低血糖症とは、血液中の糖分濃度が著しく下がってしまう状態です。震えやひどくなると痙攣が起こります。その他、ふらつくき、ぐったりする、嘔吐などの症状が見られることが多いです。原因としては、子犬の長時間の空腹、糖尿病患者に対してインスリンの過剰投与、キシリトール誤食、インスリノーマ、肝機能低下による糖の産生低下、副腎皮質機能低下症などのホルモン疾患などが考えられます。

・低カルシウム血症
血中のカルシウム値が低値になると、神経や筋の興奮の異常が生じ、震えやひどい状態では痙攣が起こることあります。それ以外の症状としては、神経過敏、ぐったりする、嘔吐などの消化器症状が見られることがあります。原因としては上皮小体機能低下症、エチレングリコール中毒、出産による乳汁への過度のカルシウム移動などが考えられます。

中毒
体にとって毒性のある物質や、犬が食べてはいけないものを食べてしまうことで生じる有害作用を中毒といいます。これらの中毒によって、先述した尿毒症や肝性脳症、低血糖などの状態になると、震えや痙攣の症状が見られることがあります。誤食による震えの可能性がある場合、ただちに病院を受診する必要があります。
犬に震えや痙攣を起こす可能性のある物質
チョコレート
キシリトール
キシリトール
カフェイン
ニコチン
マカデミアナッツ
消炎鎮痛薬(人の痛み止めや解熱剤など)
殺虫剤など

こちらもご参照ください
No410 生理的な震え
No408 ニコチン中毒
No402 誤食をしたかもしれない時
No395 犬の低血糖
No365 門脈体循環シャント
No301 慢性腎不全(CKD)の推奨される治療
No300 慢性腎不全(CKD)のステージ分類
No9 犬、猫に与えてはいけない食品、薬


No.410 生理的な震え

震えは振戦(しんせん)ともいい、リズミカルにみられる反復的な筋肉の収縮をさします。震えは、実際には普段から目に見えない形で存在しています。この見えない震えが何らかの原因によって増強されると飼主さんが見てもわかる震えとして認識されます。これを生理的な震えといいます。生理的な震えは、主に寒さ・興奮・恐怖・不安・興奮・虚弱などによって生じることが多いです。また、震えるという場合、振戦も痙攣も同じようにとらえがちですが違いがあります。

振戦:リズミカルにみられる反復的な筋収縮。生理的なものは比較的心配のいらない場合が多いです。
痙攣:脳の異常な活動によって、体の全体もしくは一部が強直したり振動したりするような状態です。一般的には意識がなくなり呼びかけに反応しませんが、稀に意識があるように見える痙攣も存在します。

振戦とけいれんの区別がつきにくい場合も多いです。判断に迷ったら、震えの様子を動画で撮っていただくと診断の役に立ちます。

生理的な震えの原因を挙げていきます。

生理的な震え

・寒さ
犬が寒さを感じた場合、体の熱を保とうとして、全身の筋肉が小刻みに震えます。これは筋肉が細かく動くことによって熱を発生させ体温を維持しようとする生理的な現象です。体温調節が苦手な子犬や高齢犬、チワワやトイプードルなどの小型犬などではは寒い時期によく起こります。お散歩時や室温には気を付けましょう。急に寒い戸外に出るのではなく、散歩前に軽くマッサージやストレッチなどを行ったり、暖かい洋服を着せるなどして軽く体を温めてから出かけるのが良いです。室内は暖房器具などでうまく温度管理を行い、快適な室内を保ちましょう。寒さによる震えは生理的な反応ですが、実はその影に、体温調節がうまくできなくなるような病気(甲状腺機能低下症など)が隠れている場合もあるので注意が必要です。

・不安、緊張、ストレス
犬は恐怖や不安、緊張、ストレスなどを感じると、自律神経系のバランスが崩れて震えが生じることがあります。どの年齢やどの犬種でも起こりえますが、遺伝的に不安傾向の強い犬種も存在します。まずは震えが起こった際、特定の環境や状況によって誘発されるようなものなのかを確認しましょう。この場合の震えは、行動学的な対策やトレーニングを行うと改善がみられる場合があります。例えば注射などの嫌なことをしない日に動物病院へ行き、好きなおやつをもらうことを繰り返します。これにより病院のイメージを変更するという行動修正を行います。雷や花火、工事の音などの環境の問題で震えが出る場合は環境の改善を行います。ケージの位置を変えたり、音の聞こえにくい場所に寝床を置くなど、不安を感じにくいような環境設定が重要です。また普段から不安や恐怖を引き起こさないように、体罰や叱責を含め不安感が増すような行為は止めましょう。不安な状態になったときに安心できる場所へ誘導できるよう、クレートトレーニングなどを行っておくこともおすすめです。震えの症状だけでなく食欲低下、下痢・嘔吐など体調面に影響が出る場合には、心を落ち着かせるような薬を使うことがあります。

・楽しい、嬉しい
恐怖や不安などのネガティブな感情だけでなく、犬は楽しい、嬉しいなどのポジティブ感情が高まった場合でも、自律神経が乱れ震えが起きる場合があります。興奮時は飼主さんの声が届きにくくなり、事故に遭いやすくなったり、過度の興奮により攻撃行動が出ることもあるので気をつけましょう。興奮した犬を落ち着かせるのは難しいので、まずは興奮させないことが大切です。日頃からどんなタイミングで興奮するのかを把握し、対策を行いましょう。

・老犬の脚の筋力低下
高齢になると筋肉量はだんだんと低下していきます。最初に後肢の踏ん張りが効かなくなり、立ち上がったりしゃがもうとする際に足腰がプルプル震えることがあります。これは筋肉量の低下・筋の虚弱による震えです。高齢になるとある程度の筋肉量の低下は仕方がないことです。なるべく若いうちからしっかりと運動し、あらかじめ筋力をつけておくことは重要です。また高齢犬の場合、過度な運動は足腰や関節に負担がかかるので、無理しない範囲で散歩するなどし筋肉量を維持できるようにしましょう。屋内では滑り止めなどを利用して、脚が踏ん張りやすく歩きやすいような環境作りが必要です。肉球は滑り止めの役割をしているので、足裏の毛が伸びているならカットし肉球の保湿も行います。

次回は病的な震え、痙攣です。

こちらもご参照ください
No197 クレートトレーニング
No15 学習その2古典的条件づけ


No.409 ウサギの胸腺腫

ウサギは犬や猫に比べると胸腔が狭く、呼吸器疾患による呼吸状態の悪化を引き起こしやすい動物です。胸腔内には胸腺と呼ばれる臓器が存在します。胸腺はリンパ球であるT細胞の分化や成熟など、免疫系 に関与する一次リンパ器官(リンパ球のT細胞・B細胞の発生において重要な役割をする器官)です。胸小葉とよばれる二葉から構成されています。多くの動物では成長に伴い退縮していきますが、ウサギは大人になっても遺残しており、この胸腺が腫瘍化することで胸腺腫が発生します。胸腺腫は胸腺上皮由来の良性腫瘍です。中齢から高齢で発生が認められます。腫瘍化してしまうはっきりとした要因については不明です。

軽度では、元気や食欲の低下などが認められることもありますが、無症状の場合が多く、症状が進行すると腫瘍が肺や血管を圧迫することにより、瞬膜突出、眼球突出、呼吸促拍などが認められます。稀ですが剥離性皮膚炎が起こる場合もあります。胸腺における異常な抗原提示によるT細胞の関連が考えられています。重症化すると呼吸困難に陥ります。注意が必要な疾患です。

胸腺腫の診断には、レントゲン検査やエコー検査で胸腔内の腫瘤病変を確認し、細胞診や組織生検を行って確定診断していきます。

治療は外科的な切除が理想ですが、多くの場合は困難なので、治療はステロイドやシクロスポリンといった免疫を抑える薬の内服と代替医療が中心となります。呼吸困難を引き起こすほどの大きさになった場合は嚢胞の穿刺吸引を行います。これらの治療によって腫瘍が縮小することが多いですが、投薬を休止すると胸腺腫が再度増大することが多いため、長期的な治療が必要となります。


ウサギの胸腺腫


No.408 ニコチン中毒

動物にとってもタバコが有害だとというと、ヒトの様にタバコの煙を直接または間接的に吸うことによる病害だろうと想像しがちですが、最も危険なことはタバコそのものを誤って食べてしまう(誤食)による中毒です。これをニコチン中毒と呼びます。

通常タバコには1本あたり9~30mgのニコチンが含まれています。より危険なものが電子タバコです。電子タバコ内の液体には80mg/mlのニコチンが含まれています。これらのタバコを誤飲した場合、迅速に体内に吸収され、しばしば数分以内で血中濃度はピークに達してしまいます。ニコチンは極めて毒性が高く、ヒトでは10mg/kgが最低致死量と言われていて、子供では1mg/kgのニコチン摂取で中毒が発症するとされています。動物での正確な致死量は不明ですが、ある研究では、タバコの銘柄にもよりますが、体重5kgの犬で1/4~1/3本で中毒、2本摂取すると致死量と言われています。

ニコチンを摂取すると脳や中枢神経、循環器系に対して、低用量では興奮作用、心拍数・血圧の増加、高用量では抑制作用、徐脈・低血圧、抑鬱症状がみられます。ニコチンの神経系や循環器系への作用は用量依存性です。大量摂取すれば症状は重くなります。

ニコチンは水溶性で吸収が早く、実際には摂取してから15~40分で、筋肉の震戦、高血圧、頻脈、頻呼吸、嘔吐、下痢、血便、血尿、流涎、虚脱、痙攣発作、呼吸麻痺などの症状が現れることがあります。どの中毒にもいえることですが、その時の食事の量や内容、体調や年齢などによっても吸収に差が出るので、摂取後3日間くらいは注意が必要です。

治療は、他の中毒の場合の処置と同様に、催吐剤、胃洗浄、活性炭による吸着、輸液、徐脈に対するアトロピン投与などを行います。タバコを誤食した時は迅速な対応が必要です。


催吐処置したタバコ

以下もご参照ください
No402 誤食をしたかもしれない時
No396 ユリ科の野菜の誤食
No350 誤食の予防
No.9犬、猫に与えてはいけない食品、薬


No.407 歯肉腫(エプリス)

歯肉腫(エプリス)とは歯肉に生じる歯肉と同色の色調の平滑な腫瘤です。外観上は歯肉を内側から盛り上げるように成長しいわゆる「シコリ」の総称となっています。犬でよくみられ、口腔内腫瘍のおおよそ15~30%を占めるといわれています。エプリスには歯肉に炎症などの刺激が続くことにより発生する非腫瘍性の炎症性エプリスと、良性腫瘍による腫瘍性エプリスがあります。腫瘍性エプリスは形態学的な特徴により、線維性エプリス、骨性エプリスに分類されます。これらは同時に歯石の蓄積や歯周病などの口腔内の環境悪化を伴っています。

ほとんどのエプリスは症状を伴わない状態で、飼主さんの観察や身体検査により発見されます。歯石が重度の場合は歯石の下から発見されることもあります。腫瘤が小さいうちは症状はなく、他の口腔内にできる腫瘍と同様に、大きくなるに従って、流涎、口臭、咀嚼や嚥下に問題が生じるようになります。確定診断には病理検査が必要です。

エプリスの治療は外科的な摘出ですが、良性の病変であるはずの線維性エプリスや骨性エプリスを局所摘出した場合でも、おおよそ10%の確率で再発するといわれています。一般的に正しく摘出された境界の明瞭な良性腫瘍は再発をあまり起こしませんが、エプリスが再発しやすい背景には腫瘍が歯槽骨に付着する歯肉の深部、歯周靱帯から発生してくるためと、腫瘤の下がすぐに歯槽骨という構造もあって、サージカルマージン(切除する際の安全域)を取るのが難しく、歯肉部のみの局所切除を行った場合に不充分な切除となりやすいためです。当院では局所再発を防ぐためレーザーメスを用いた手術を行います。

エプリスを局所摘出した場合には定期的に再発のチェックを行うことと、歯石や歯周病の管理が必要です。


線維性エプリス

こちらもご参照ください
No359 歯肉炎と歯周病と歯槽膿漏
No98 歯周病2
No97 歯周病1
No18 歯石


No.406 副腎腫瘍

犬の副腎腫瘍は中高齢での発生が多いとされています。近年は画像診断機器の発達に伴い、診断される機会が増えてきました。猫では稀です。犬の副腎に腫瘤ができた場合、以下の可能性を疑います。
・良性腫瘍:副腎腺腫
・悪性腫瘍:副腎腺癌(副腎皮質由来)、褐色細胞腫(副腎髄質由来)、転移性腫瘍
・過形成

症状は通常、多飲多尿、左右対象の脱毛、被毛が薄くなる、皮膚が薄くなる、腹囲膨満が見られます。褐色細胞腫の場合は頻脈、失神、不整脈などが見られることがあります。また症状がなく、健康診断や他の疾患の検査の際にエコー検査で偶発的に発見されることもあります。

診断は、症状、身体一般検査、血液検査、尿検査、レントゲン検査、腹部超音波検査などを行います。症状と検査から副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)が疑わしければ、クッシング症候群を診断するための内分泌検査、ACTH刺激試験を行います。ACTH刺激試験の値が高ければ、下垂体性か副腎性かの鑑別を行い、副腎性が疑わしければ手術計画の立案ためにCT検査を実施します。

副腎腫瘍の治療に関しては外科療法が推奨されますが、比較的高い周術期死亡リスクを伴うことから、病態の重症度、基礎疾患、併発疾患をよく考えて実行する必要があります。特に右側は容易ではありません。内科治療という選択肢もありますが、症状を抑えられない場合があります。内科治療はトリロスタンという薬が用いられます。褐色細胞腫が疑われる場合は血圧や心拍数のコントロールも必要となります。血栓症の予防も行います。いずれにしても早期発見が重要です。


超音波検査で見つかった副腎の腫瘍

こちらもご参照ください
No79 犬の副腎皮質機能亢進症


No.405 小鳥の出血

セキセイインコや文鳥などの小鳥は少しでも出血すれば緊急状態です。鳥の血液量は体重10%ほどと言われています。そのうちの10%、体重の1%が安全出血量と想定されています。

例えば、平均体重(25~30g)のセキセイインコなら、安全出血量は約0.25~0.3mlです。1滴が約0.05mlなので、5~6滴出血すると危険領域です。1秒で1滴出血した場合、5~6秒で死亡する可能性があるということです。このため血液検査もリスクがあります。

小鳥に出血が起こる場面は、打撲時の内臓出血、筆羽(ひつう)出血、爪出血、胃出血、口腔内出血、鼻出血、採血、外科的処置などです。この中でご家庭で起こりやすいのは、筆羽出血、爪出血です。

筆羽出血:筆羽とは生えてきて間もない鞘(さや)に包まれた若い新生羽のことです。鳥の羽の成長スピードはものすごく早いのですが、そのスピードで成長できるのは血液から栄養を大量に供給されているからです。この血液を筆羽に送っている太い血管が筆羽の中心に走っています。筆羽が途中で折れてしまうと血管が破れて出血します。クリッピング(羽切り)の失敗でも起こります。筆羽は見つけにくいときもあるのですが、もし出血している筆羽を見つけることができたら、引っ張って根元から抜いてください。通常出血はすぐに止まります。

爪出血:爪を深く切りすぎると出血します。止血するのにはクイックストップという商品があると便利です。ペットショップで購入できるので、お家で爪切りをされる方は、1つ持っておくことをオススメします(犬や猫、ウサギなどの方も)。クイックストップは指に乗せて出血している爪の断面に塗り込みます。

出血が止まっても必ず病院での診察を受けて下さい。見た目には元気そうでも貧血が進んでいる場合があります。また、再出血は命にかかわります。


クイックストップ


No.404 停留精巣

精巣はもともと雌の卵巣と同じ起源を持つ組織です。犬では10日齢までには精巣が男性ホルモンの影響で陰嚢を目指して腹腔内から下降をはじめ、通常8週齢までには陰嚢内へと移動します。この時期を過ぎても精巣が下降してこない場合には停留精巣と診断されます。停留睾丸などとも呼ばれます。猫でも起こります。

精巣の下降がストップしてしまった部位がお腹の中であれば腹腔内陰睾、お腹から出て、鼠径部の皮下まで移動したものであれば皮下陰睾とよばれます。腹腔内陰睾と皮下陰睾はほぼ同じ確率でみられます。

停留精巣の原因は遺伝性と考えられますが、これは発生率において動物種や家系に偏りがあることと、停留精巣を持つ動物を繁殖に選別すると発生率が増えることから明らかです。

下降していない精巣は正常な性的機能が期待できません。本来、睾丸は陰嚢の中でなければ正常に機能できません。これは陰睾丸の存在する場所が陰嚢よりも体温が高いためで、精子の生成機能の面では明らかに劣ります。機能低下は皮下陰睾よりも周囲の体温の高い腹腔内陰睾でより顕著です。ただし、高体温下でも男性ホルモンは分泌されますので性欲は正常に見られます。

犬では下降していない精巣は正常なものと比べて腫瘍の発生がおおよそ13倍にもなります。精巣腫瘍自体の発生率は正常な精巣でも高く、精巣腫瘍の発生率という意味から停留精巣は非常に大きなリスク要因となっています。

繁殖を望まないのであれば、適当な時期(通常、生後5-7ヶ月)に去勢手術を行のがおすすめです。


猫の停留精巣(右側)

こちらもご参照ください
No322 去勢手術
No294精巣腫瘍
No125 去勢手術・不妊手術


No.403 悪性黒色腫 (メラノーマ;Melanoma)

悪性黒色腫(メラノーマ)はメラニンを形成するメラニン細胞が腫瘍化した悪性腫瘍です。犬や猫で比較的よくある癌です。オスに多く、主に高齢(10~14歳)でみられますが、若齢から中齢でも発生します。一般的に口腔内(歯肉や舌、硬口蓋、頬粘膜など)、皮膚、爪床、眼球内が好発部位ですが、その他の部位にも稀に発生します。また、口腔内で最も多く発生する癌が悪性黒色腫になります。口腔内のものは早期なら転移は少ないですが、爪床は転移しやすく、最も多いのがリンパ節と肺転移です。その他、腹腔内の臓器への転移などもみられます。

主な症状には以下のようなものがあります。
口腔内:口臭や口からの出血、食べ辛いなどの症状がみられます。これらの症状は歯周病でもみられるため、歯周病と間違われ、発見が遅れてしまうことも多いです。歯石が酷いと、その下から見つかる場合もあります。
皮膚:特に症状はなく、健康診断の際やご家族が皮膚のできものに気づいて見つかる場合が多いです。自壊して出血していることもあります。
爪床:爪をなめる、歩きにくそう、出血などがみられます。
眼球内:眼球内での悪性黒色腫の場合、ブドウ膜(虹彩、脈絡膜、毛様体)にできる場合が多く、転移率は比較的低いとされていますが、確認が困難なことが多く、確認できたころにはすでに腫瘍は大きくなっていることが多いです。

診断には針生検(FNA:細い針をさして細胞を採取する検査)が有用で、細胞内にメラニン顆粒を含んでいることが多いため診断可能です(眼球内を除く)。また、肉眼的に黒いことも診断の一助となります。しかし、細胞内にメラニン顆粒が認められないものや、肉眼的に黒くない特殊なメラノーマもあります。その場合は、針生検での診断は困難で組織生検が必要となります。また、悪性黒色腫と良性の黒色腫(メラノサイトーマ)は針生検や肉眼では判断できないこともあり、最終的な診断には組織生検が必要です。

悪性黒色腫と診断した場合、大きさや広がり、リンパ節転移、遠隔転移(肺や腹腔内の臓器への転移)の評価を行います。これをステージングといいます。同時に併発疾患がないかどうかも評価します。これらの評価には、針生検に加えて、血液検査、レントゲン検査、超音波検査、状況によってCT検査(とくに口腔内の場合)が必要です。これらの検査を組み合わせて行い評価を基に治療方針を決定します。

犬の悪性黒色腫のステージ分類

治療には主に「根治治療(積極的治療)」と「緩和的治療」があります。根治治療とは癌と闘う治療であり、癌をできるだけ体から取り除くことを目的とした治療です。また、根治治療は長期生存(年単位)が目的ですが、完全に治すこともできる場合もあります。一方、非常に悪性度の高いものでは、根治治療を行ったとしても数週間~数ヶ月程度で亡くなってしまう場合もあります。根治治療では主に3大治療「手術」「放射線治療」「抗癌剤治療・分子標的治療」と「代替医療」を組み合わせて行います。
一方、緩和治療は苦痛を和らげることが目的です。長期生存を目的とした治療ではなく、たとえ短期間(月単位)であってもその期間のQOLを改善するために行う治療です。主に「痛みの治療」「栄養治療」「症状を和らげる治療」を行います。

予後の統計は、
口腔内
ステージ1;根治治療を行うことで比較的予後はよく数年単位の生存が期待できる
ステージ2・3;根治治療を行った場合の生存期間中央値は約1年
ステージ4;予後は悪く、数ヶ月で亡くなってしまう場合が多い
根治治療を行わない場合は予後は悪く2ヶ月程度で亡くなってしまいます。ただし、適切な緩和治療を行うことで動物のQOLを改善させることは可能です。
皮膚・眼球内;転移がない場合、根治治療を行うことで腫瘍を治すことができる場合が多い
爪床;根治治療を行った場合の生存期間中央値は約1年

メラノーマに限らずですが、悪性腫瘍は早期発見・早期治療が大切です。定期的な健康診断が重要です。また、ワクチン開発の研究もされています。

クリックすると、臓器の写真が出ます。苦手な方は見ないで下さい
摘出した口腔粘膜の悪性黒色腫と下顎リンパ節

こちらもご参照ください
No296生検
No292 TNM分類
No.94 腫瘍3 (Tumor) 悪性腫瘍の進行度