No.454 軟部組織肉腫 (Soft Tissue Sarcoma ; STS)

軟部組織肉腫(STS)は動物の悪性腫瘍の1つのグループで、線維肉腫、血管周皮腫、神経鞘腫、脂肪肉腫などいくつかの腫瘍が含まれます。これらの腫瘍は共通した特徴を持っているので、軟部組織肉腫(STS)というくくりで診断され治療が行われます。

STSは高齢の犬に多く、主に胴体や足などの体の表面に発生し、いわゆる「しこり」として気付くことが多いのですが、体内にできることもあります。通常STSは痛みを伴いませんが、発生部位や大きさによっては周囲の臓器などに影響を与え、様々な症状が出ることがあります。

STSは根が深く(局所浸潤性が強いといいます)、再発率が高いです。この腫瘍からは目に見えない根が周囲に伸びています。見えて触れるしこりだけを手術で取っても根が残ってしまい再発します。また、腫瘤が大きい方、固くくっついているものの方が、悪性度が高い傾向にあります。悪性度によって異なりますが、比較的転移が起こりにくいという特徴も持っています。つまりSTSは、根が深く広いためそれを手術で全部取るのは大変ですが、転移が比較的起こりにくいため十分な手術ができれば完治することもめずらしくない悪性腫瘍です。

診断の最初はFNA検査(針吸引検査)です。その結果、STSが疑われたら、レントゲン検査、超音波検査、場合によってはCT検査で転移の有無や手術計画を立てます。

治療で最も重要なものは外科手術です。最初の手術でいかに腫瘍を取りきるかが大切です。すでに転移を起こしている場合、手術が難しい場合、悪性度が高い場合などに放射線治療や抗癌剤治療なども行われますが効果は低いです。早期に発見・診断して、しっかりとした手術を行うことが推奨されます。


STSは根が深いです


No.453 猫の乳腺腫瘍

猫の乳腺部に発生する腫瘤性病変の80-90%が悪性腫瘍で、悪性腫瘍の98%が乳腺癌で占められています。犬と異なり、猫では良性の乳腺腫はほとんど存在せず、良性腫瘍は過形成や炎症性病変です。2005年1月~2014年12月の1965例の疫学データによると、日本における猫の乳腺癌の発生年齢の中央値は12歳齢(2~22歳齢)で、99%は雌猫で発生し、大部分が雑種猫であり好発品種は認められていません。

また、犬と同様、猫でもホルモンと乳腺腫瘍発生の関係性が強く示唆されていて、以下の様な、不妊手術実施時期と乳腺癌発生の関係が認められています。
・6ヶ月齢以前に不妊手術が行われた場合→乳腺腫瘍発生率91%低下
・7-12ヶ月→86%低下
・13-24ヶ月→11%低下
・24ヶ月以降→不妊手術の効果なし
このデータから、子供を得ないのであれば、遅くとも1歳齢までに不妊手術を行うことが推奨されます。

猫の乳腺腫瘍の外貌は発見される時期によって様々です。とくに長毛腫では小さな腫瘤は被毛で覆われてしまうため発見しにくいことがあります。また、33~60%は多発する傾向があるため腫瘤を1カ所認めたら、全乳腺を1つずつ丁寧に、鼠径および腋窩リンパ節腫脹の有無とともに観察、触診する必要があります。また、原発巣が直径2cm以上のものはステージ2以上なので、原発巣が<2cm以下のうちの外科手術が推奨されます。

術前仮診断は原則的にFNA(針吸引生検)を行いますが、確定診断・グレード分類(顕微鏡で見た時の分類・未来の病気の程度)には、術後の病理組織検査が必要です。また、術前検査、転移の有無の検査ため、血液検査、レントゲン検査、超音波検査などが必要です。猫の乳腺癌の転移で1番起こりやすいのは肺転移です。猫の場合は、犬の乳腺癌の肺転移のような明確な結節性病変をつくらず、微小結節として認められる場合が多いです。多くの症例で、肺の転移性病変が大型化する前に胸水が貯留しはじめ、呼吸困難を引き起こします。このような状態になると1月以内に死亡します。

また、猫の乳腺癌のリンパ節転移は、明確なリンパ節腫脹をともなわないことも多いです。とくに初期リンパ節転移率は20~42%と高く、リンパ節転移を引き起こしている可能性を十分に考慮して治療を進めます。ステージ分類(病気の進行具合・現在の病気の程度)は以下の様になっています。TNM分類といいます。

特殊な炎症性乳癌以外では、治療の第1選択は外科手術です。手術法は、古くから片側乳腺切除術、腫瘍が両側にある場合は可能ならば乳腺両側切除術が推奨されています。ヒトでは術後の合併症のために、腋窩リンパ節に転移が見られない場合は手術時にリンパ節は温存されることがありますが、猫の場合リンパ節が小さく、摘出しないと検査が困難なことや転移率が高いことなどから、現在では、乳腺摘出時に、鼠径リンパ節、腋窩リンパ節、副腋窩リンパ節を郭清(切除すること)する事が推奨されています。

乳腺癌が早期に発見され、積極的な外科的治療がなされた場合は、外科治療単独でも長期生存する可能性が高いですが、ステージ2以上、グレード2以上、リンパ管あるいは血管内浸潤、リンパ節転移を伴っている場合は化学療法(抗癌剤)も考慮します。飼主さんが化学療法に抵抗がある場合は代替医療でも効果がある場合があります。

クリックすると手術時の写真が出ます。苦手な方は見ないで下さい。
猫の腋窩・副腋窩リンパ節

こちらもご参照ください
No.452 病気のステージとグレード
No.296 生検
No.292 TNM分類
No.125 去勢手術・不妊手術 (Castration・Spay)
No.69 乳腺腫瘍2(Mammary tumor)
No.68 乳腺腫瘍1(Mammary tumor)


No.452 病気のステージとグレード

病気の説明の時に、重さや段階を表す言葉として「ステージ」や「グレード」という話をすることがあります。以下に簡単にご説明します。

ステージ:その病気の現在の進行度、影響度を表します。

腫瘍の場合は、主にTNM分類というのが用いられます。

TMN分類
T:原発腫瘍の大きさ
N:所属リンパ節転移の有無、その個数
M:遠隔転移の有無
これらの組み合わせによりステージ(病期)を判定します。

例として
T:腫瘍のサイズは3cm→T1(腫瘍の種類によりサイズによる数字は異なります)
N:1つの所属リンパ節へ転移している→N1
M:遠隔転移なし→M0
だからT1N1M0

この様な感じで、実際に腫瘍がその体でどれくらい広がっているのかを見て数値に簡略化します。そしてこの簡略化されたデータをステージの分類表に当てはめることで、T1N1M0は、この腫瘍の場合ステージ◯ですというのが決まります。

腫瘍以外では、腎臓病だったり心臓病だったり、腫瘍じゃなくてもこのステージという言葉は使われます。この場合は腫瘍の時と違ってTMN分類ではなく、疾患にもよりますが、血液検査、レントゲン検査、症状などを考慮して作られた分類表がそれぞれ存在します。イメージとしては腫瘍のステージと同じで、その病気がどれほど体の中で進んでいるのかを表しています。

グレード:これから予想される病気の進行度、影響度を表します。

腫瘍のステージ分類の様に体全体を見るのではなく、グレードは顕微鏡で見たときの分類になります。生検(細胞診や組織生検など)をした際に調べることができます。腫瘍でいえば腫瘍細胞と正常な細胞がどれだけかけ離れているかを表したものです。なぜか、獣医界では、膝蓋骨脱臼に対してはグレ-ドという言葉が使われ続けていますが、これは特殊な例です。

簡単にいうと、
ステージはマクロ(肉眼)で判断する病気の分類、現在の病気の程度
グレードはミクロ(顕微鏡)で判断する病気の分類、未来の病気の程度の予想
です。

共通点は、どちらも、1、2、3・・・と数字で分類されますが、体の健康という面においては数字が小さい方が好ましく、大きい方が良くないと言えます。

前述した様に、ステージは現実に起こっている病気の進行度や影響度を表すのに対して、グレードはこれから予想される病気の進行度や影響度を表しています。このためグレードの数字が大きいと将来的にステージの数字も大きくなりやすいです。しかし、タイミングによってはグレードの割りにはステージの数字が小さいということも起こり得ます。逆にステージの数字が大きいのにグレードは小さいということはあまりありません。混乱しやすいですが理解しておくとご自分の動物が病気になった時に役立ちます。

こちらもご参照ください
No.300 慢性腎不全(CKD)のステージ分類
No.296 生検
No.292 TNM分類
No.194 犬の僧房弁閉鎖不全症(Mitral regurgitation:MR)
No.31 膝蓋骨脱臼


No.451 肉芽腫 (Granuloma)

肉芽腫とは、慢性的な炎症に基づいて生じる腫瘤です。種々の原因による慢性的な炎症によって、炎症細胞や線維芽細胞が集積し、毛細血管に富んだ線維からなる腫瘤が生じます。「腫」と付いているますが、腫瘍性病変ではなく、免疫学的炎症反応の一過程です。「にくがしゅ」と呼ばれますが、医学では習慣的に「にくげしゅ」と呼ぶことが多いです。肉芽腫はマクロファージ、リンパ球、好酸球、形質細胞などから構成されます。

肉芽腫には様々な種類がありますが、大きく分けて、免疫刺激の少ない異物により惹起される異物性肉芽腫と、免疫反応を引き起こす不溶性粒子により惹起される免疫性肉芽腫に分類されます。免疫性肉芽腫は慢性肉芽腫とも呼ばれます。

異物性肉芽腫で、異物が皮膚の浅いところにある場合は、潰瘍を生じながら肉芽腫が増大することがあり、肉眼的でも腫瘤を確認できる場合が多く早期に発見されます。皮膚の深いところもしくは皮下にある場合は、肉眼では確認できず、弾性硬の腫瘤を触知するのみの場合もあり、長時間放置されることが多く、注意を要します。治療は感染があれば抗生剤や炎症を鎮めるためにステロイド剤で効果がある場合もありますが、基本的には外科手術が適応です。

免疫性肉芽腫は、原発性免疫不全症(生まれながらに身体の抵抗力が弱い体質)の中で最も多い疾患です。身体に侵入してきた病原体に勝つためには活性酸素が必要ですが、肉芽腫症の好中球は活性酸素を作ることができず、病原体が殺菌されないため、身体の中で増え続けて感染症を起こします。さらに、免疫性肉芽腫症では身体のいたるところに肉芽腫ができやすく、周辺の正常な組織を圧迫して臓器を障害することがあります。また、免疫のバランスが悪く肉芽腫性腸炎を合併することがあります。治療は、原因疾患のコントロールに加えて、ステロイド剤などの免疫を抑える薬を使用します。多臓器を圧迫している場合は外科手術も考慮されます。

クリックすると手術時の写真が出ます。苦手な方は見ないで下さい。
膵臓の肉芽腫


No.450 キャットフレンドリークリニック CFC(Cat Friendly Clinic)

キャットフレンドリークリニック「CFC(Cat Friendly Clinic)」とは、猫にやさしい動物病院の”道しるべ”としてISFMによって確立された国際基準の規格で世界的に普及しています。

ISFMは「International Society of Feline Medicine(国際猫医学会)」の略称です。こちらは、猫の健康と医療に関する国際的な専門組織で、イギリスに本部があり、各国の獣医師や動物関連の専門家が参加しています。ISFMは猫の医療の向上と猫の福祉を推進するためのリーダー的な役割を果たしており、猫に関する最新の医学的知識やケアについての情報を世界に提供しています。

CFCに認定された動物病院は、猫の専門性の高い知識と質の高い猫医療を提供することを猫のご家族に約束し、猫にやさしい動物病院の”道しるべ”となります。CFC取得には、厳しい国際基準を満たす必要があります。

CFCには、Gold、Silver、Bronzeの3種類があり、当院は今回もGold認定を頂きました。


No.449 犬の前立腺肥大症

前立腺肥大症とは前立腺が大きくなり2次的に様々な障害を引き起こす病気です。去勢をしていない6歳以上の雄犬に多く(若い犬でも起こる場合もあります)、原因は精巣から分泌される男性ホルモンの乱れが原因だと言われています。

2次的な障害
1.排便障害
肥大した前立腺が直腸を圧迫することで起こります。便が細くなったり、しぶりが生じます。
2.排尿障害
肥大した前立腺が前立腺の中央を通る尿道を圧迫することで起こります。尿が出にくくなる為少量の尿を何度もする頻尿になります。ヒトではこのタイプが多いですが犬では比較的稀です。
3.後肢の跛行
肥大した前立腺が腹腔内で大きくなり、後肢の歩行に影響を与えます。
4.前立腺炎、前立腺膿瘍
肥大した前立腺は、炎症を起こす場合があります。血尿や、排尿時に痛みが現れます。とくに前立腺膿瘍になると治療が大変になります。
5.会陰ヘルニア・鼠径ヘルニア
肥大した前立腺が骨盤腔を占領する為、追い出されるように腸や膀胱等が筋肉を破って逸脱してしまいます。また。高齢になると男性ホルモンの乱れが筋萎縮を促進させ、ヘルニアを起こしやすくなります。

2次的な障害があると症状に出ますが、肥大するだけでは無症状のことが多く、健康診断や診察時(超音波検査、直腸検査、レントゲン検査など)に発見されることが多いです。

治療や予防は去勢手術です。薬もありますが、止めると再発しやすいです。

こちらもご参照下さい
No.322 去勢手術 (Castration)
No.177 犬の化膿性前立腺炎(前立腺膿瘍)
No.116 会陰ヘルニア(Perineoceie)


犬の前立腺肥大症のレントゲン写真


No.448 尿酸アンモニウム結石

尿酸アンモニウム結石は、ダルメシアンに多くみられる尿路結石です。稀にブルドッグにもみられます。

生物は食物に含まれるタンパク質の構成成分であるアミノ酸代謝の過程において、最終的に窒素を濃縮して体外に排出します。ほとんどの哺乳類は、その代謝経路でできる尿酸をアラントインという物質に変える酵素(尿酸オキシターゼ)を持っているので、水に溶けにくい尿酸を水に溶けやすいアラントインという物質に変えてから体外に排出します。しかし、ダルメシアンは尿酸をアラントインに代謝することなく、尿酸のまま体外に排出します。そのため水に溶けにくい性質の尿酸は結晶になりやすく、高尿酸血症という状態になると尿路結石、尿酸アンモニウム結石ができやすくなってしまいます。

ダルメシアンだけがどうして尿酸を代謝できなくなってしまったのか、その理由は明らかになってはいませんが、ダルメシアンの特徴的な斑点を作り出した遺伝子と、何らかの形で関係しているのではないかといわれています。

オスの方が高尿酸血症の症状が出やすく、6歳以上のオスの34%に何らかの症状が出ているという報告があります。具体的な対処として有効なのはプリン体への対策です。プリン体というのは、穀物、肉、魚、野菜など食物全般に含まれる成分で旨みの成分にあたります。また身体の中でもプリン体は生成・分解されています。通常、プリン体は分解されて尿酸に変化し体外に排出されますが、尿酸量が排出能力を超えてしまうと、体内に蓄積されてしまいます。

プリン体は、レバーなどのモツ類、鮭、鯖、鰯、鰹、海老などに多く含まれていますので、ドッグフードの材料を選ぶときは注意しましょう。プリン体が少ない食品は、アスパラガス、ベーコン、カリフラワー、うなぎ、魚、豆類、肉では、鶏肉、ラム、豚肉、ハムです。マッシュルームなどのキノコ類、グリーンピース、ほうれん草などもプリン体は低いです。このような比較的プリン体の少ないフードを与えることがポイントです。また水分を補給し、かつ栄養バランスもよいフードを与えたいなら、ドライフードよりも手作りフードの方がオススメです。鶏肉おじや、鮭おじや、豚肉おじや、ラム肉おじや、鶏肉の煮込み、肉じゃがなどを味付けせずに与えてみて下さい。

また、水分補給も大切です。老廃物を身体から尿として排出するには、摂取する水分量をこれまでより増やし、尿を酸性にしないことが肝心です。適切な水分量を自宅で知るのには尿の色を見るのがポイントです。濃い黄色のときは水分不足が考えられますので注意しましょう。尿比重を1.020以下にすると結石はでき辛くなります(尿比重が下がると尿路感染症のリスクは上がります)。水を充分に飲ませるには、冷たい水より少し温めたぬるま湯にしたり、野菜や肉の茹で汁を加えてあげると喜んで飲んでくれる場合があります。水道水ではなく、PHの高いミネラルウォーターを飲ませれば体内の老廃物をきっちりと排出してくれます。

繰り返す場合には、アロプリノールという薬を使う場合もあります。あまりに多くの結石がある場合は外科手術も考慮します。


ダルメシアンは尿酸アンモニウム結石ができやすいです


No.447 セキセイインコののメガバクテリア症 (マクロラブダス症、AGY)

メガバクテリアは、現在ではマクロラブダス症、AGY(Avian Gastric Yeast)と呼ばれていて真菌の一種です。1982年にアメリカで発見されすでに世界中に蔓延していています。日本でもAGYに感染した鳥のいないブリーダーを探すのは困難です。 多くの鳥種で感染が確認されていますが、最も問題となるのはセキセイインコで急性に死亡する例も少なくありません。

原因は、ヒナの時期に親鳥から感染を受けたものがほとんどと考えられています。 健康な個体は自分の免疫力でAGYの増殖を抑えているため、感染していても無症状で経過することがほとんどですが、ストレスで免疫力が落ちて発病したり、また他の病気の経過中に合併症として発病することがあります。 ペットショップで購入した後に、環境の変化によるストレスで発症するケースもよくあります。

症状は急性型と慢性型があります。
急性型:元気な鳥が突然嘔吐や吐血を示し、体を膨らませて数日以内に死亡します。救命が困難です。
慢性型:嘔吐や未消化便・下痢便などの消化器症状を表しながら徐々に痩せていきます。体重が25g以下に痩せてしまうと危険な状態になることが多いです。

診断は糞便を顕微鏡で観察してAGYを見つけます。1-2回の検査で見つからない事もあります。最初の治療は14日間抗真菌薬を与えます。しつこい場合も多いです。治療が遅れ胃の障害が大きいと メガバクテリアが糞便中から消失しても症状が治りません。メガバクテリアは胃の粘膜に侵入するため、排泄量が少なくても必ず処置をしたほうがよいでしょう。メガバクテリアも早期発見・早期治療が重要です。


糞便中のAGY


No.446 湿潤療法

湿潤療法はうるおい療法とも呼ばれていて、創傷(傷)に対する治療法で、細胞障害性のある消毒剤や外用薬を用いず、創傷表面を湿潤な状態に保つ被覆材を用いながら治癒を促進するという治療法です。

傷は痛くても消毒し、乾いたガーゼをあて、乾燥させて痂皮(かさぶた)が出来て治るものだという考え方が古くはありました。しかし、これは創傷治癒の論理から考えて間違いです。傷が治癒していく課程では線維芽細胞などの生きた細胞が傷を覆い、さらに表皮の細胞が覆ってゆくという流れがあります。

ここで重要なのが「生きた細胞」です。傷が乾燥すると、乾燥表面では細胞は死んでしまいます。このような環境下では治癒のために必要な細胞は、死んだ細胞や壊死物である痂皮の下をゆっくり進んでいくしかありません。このような状況では治癒は遅延します。また、消毒という行為にも問題があります。消毒というのは、細菌を殺す目的で行う訳ですが、傷を治そうとする生きた細胞も殺してしまいます。

傷がうるおいを保った状態(湿潤状態)では治癒に必要な細胞は滑るように速やかに創傷部を覆い、また白血球系の細胞が自由に傷の表面を動き回り細菌感染から防御します。さらに様々なサイトカイン、細胞成長因子などが失活すること無く作用できるため、湿潤状態は創傷治癒に非常に有用です。

湿潤療法の方法


傷を優しく洗います(水道水で構いません)
消毒薬は使いません


皮膚欠損用創傷被覆材(イントラサイトなど)を塗布します


ドレッシング剤(メロリンなど)を付けます


乾燥防止のためサランラップなどを巻きます


自着性弾力包帯(コーバン)を巻きます

以上を状態によって、1日に1-3回程度行います


No.445 誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎とは食べ物や吐物、液体などが気道に混入することで生じる肺炎のことで、犬では比較的遭遇することの多い疾患です。稀ですが猫にも起こります。

主な症状としては、異常な肺音の聴取、急性の呼吸困難、咳、発熱、食欲不振などが生じます。重症度は誤嚥したものや量によって異なり、pHの低い胃酸の炎症が強く引き起こされます。また、誤嚥した量、誤嚥したものに含まれる微粒子(食べ物などの小粒子)にも重症度は依存するとされています。食べ物が含まれる場合には菌の温床となり二次感染が生じやすくなります。誤嚥性肺炎の問題点は感染ばかりではありません。胃酸を誤嚥した場合には以下の3つの病期で肺の障害が進行します。
第一相-気道反応:誤嚥したことにより気管や気管支の浮腫・収縮が強く生じる
第二相-炎症反応:炎症細胞である好中球の動員、肺血管の透過性亢進が生じます。実験的には誤嚥後の4~6時間後に始まるとされています
第三相-二次感染:菌の二次感染により細菌性肺炎が生じます
単純な酸の誤嚥では72時間後に炎症は消退し始めるとされており、第二相までで改善する症例も多く二次感染が必ずしも生じるわけではありません。誤嚥後36時間以上経過して発熱、体温上昇、血液検査での強い炎症反応(白血球の左方移動やCRP上昇)などが認められた際には二次感染が疑われます。

原因・リスク因子としては、以下の様なものがあります。
喉頭疾患:喉頭麻痺、喉頭炎、輪状咽頭アカラシアなど。喉頭麻痺に対する片側披裂軟骨側方化術(Tie-back)の術後は1年で18.6%、3年以内に31.8%で誤嚥を生じると報告されています
食道疾患:巨大食道症、食道運動機能低下
胃腸疾患:嘔吐、IBDなどの慢性消化器疾患
歯周病:誤嚥性肺炎からは歯周病の原因にもなる歯周病原性細菌が多く検出されます
全身麻酔:全身麻酔をかけた犬の0.17%で発生するという報告があります
神経疾患:痙攣発作時、椎間板疾患、下位運動ニューロン障害、重症筋無力症など寝たきりになってしまうと誤嚥することが多くなります
鼻腔疾患:慢性鼻炎(慢性特発性鼻炎、リンパ形質細胞性鼻炎、歯科疾患関連性鼻炎など)
犬種:フレンチ・ブルドッグやパグなどの短頭犬種(短頭種気道症候群)、ダックスフンド、アイリッシュ・ウルフハウンドやラブラドール(喉頭麻痺を生じやすいため)
幼若動物・高齢動物:嚥下の力が弱いため

診断は誤嚥したという状況証拠や基礎疾患の有無とレントゲン検査、血液検査から暫定的に行います。誤嚥性肺炎ではレントゲン検査にて異常を認める肺の位置に特徴があります。犬の場合、気管支の位置や分岐角度などの解剖的な要因から、右中葉、右前葉、左前葉後部に好発します。

治療は主に支持療法を実施します。具体的には、以下のようなことを状態によって行います。
酸素療法:肺炎時には低酸素となることが多く酸素投与が重要です。誤嚥性肺炎の79%で低酸素血症(PaO2<80mmHg)が認められます
気管支拡張剤:第一相の気道収縮期には気管支が強く収縮するため気管支拡張剤の投与を行います
点滴:循環管理のための適度な静脈点滴
抗生剤:二次感染が疑われる場合は抗生剤の投与を行います
利尿剤の投与は禁忌です。肺水腫ではないため、脱水を招き全身状態を悪化させる可能性があります。また、ステロイド剤の投与の有効性は証明されておらず、現時点では推奨されていません。いくつかの報告ではネブライザー療法は推奨がされています。しかし、肺血管透過性が亢進している最中の実施は病態を悪化させる可能性があるため、当院では行っていません。

基礎疾患のない場合は、通常1週間ほどで回復します。誤嚥したものの種類や年齢によっては重症化してしまうこともあります。ある報告では死亡率は18.4%とされており、決して油断はできません。予防で重要なことは誤嚥性肺炎の生じうる基礎疾患をいか管理するかということです。何度も誤嚥性肺炎を繰り返す場合には必ず何らかの基礎疾患があります。慢性鼻炎や歯周病はとくに注意です。


右前胸部の誤嚥性肺炎

こちらもご参照ください
No.392 鼻腔狭窄
No.284 猫の副鼻腔炎
No.101 気管虚脱と軟口蓋過長症2
No.100 気管虚脱と軟口蓋過長症1
No.98 歯周病2
No.97 歯周病1