院長一覧

No.423 犬の口腔内の腫瘤

犬の口腔内にできる腫瘤には、

悪性のもの:悪性黒色腫(メラノーマ)、扁平上皮癌、線維肉腫、骨肉腫、リンパ腫、肥満細胞腫
良性のもの:線維腫性エプリス、棘細胞性エナメル上皮腫(良性腫瘍だが再発多い)、アミロイド産生性歯原性腫瘍 (APOT)
非腫瘍性のもの:歯肉炎、線維性エプリス、好酸球性肉芽腫、反応性病変
などがあります。

口唇粘膜の病変は、悪性黒色腫(49%)、炎症性疾患(13%)、リンパ腫(11%)、肥満細胞腫(6%)の順で多く、悪性黒色腫では低悪性度な場合ありますが、肥満細胞腫は転移率が高いです。またリンパ腫は腫瘤形成型が少なく必ず生検が必要です。

扁桃の病変は、扁平上皮癌(35%)、悪性黒色腫(9%)、炎症性疾患(7%)、リンパ腫・起源不明の癌(各6%)で、扁平上皮癌は転移率が高く内咽頭後リンパ節に転移し転移巣から見つかる場合もあります。悪性黒色腫も転移が多いです。

舌の病変は、炎症性疾患(35%)、扁平上皮癌(15%)、線維性ポリープ(9%)、石灰沈着(8%)、悪性黒色腫(8%)、の順で多く、Wコーギーに扁平上皮癌が多くみられます。

歯肉の病変は、悪性黒色腫(24%)、慢性歯肉炎(17%)、線維性エプリス(15%)、炎症性病変(6%)の順で、悪性のものは悪性黒色腫が圧倒的に多いです。

診断は、まず肉眼所見をみます。
潰瘍の有無 :あり;扁平上皮癌・悪性黒色腫
歯列の乱れ :あり;悪性腫瘍、なし;良性腫瘍
部位:
吻側;扁平上皮癌、線維肉腫
尾側;棘細胞性エナメル上皮腫
上顎;線維肉腫
下顎;悪性黒色腫
歯根部から発生:線維腫性エプリス

このようなことを踏まえ細胞の検査を行います。細胞診検査(FNA検査)でははっきりせずに、組織検査が必要な場合もあります。

FNA検査でほぼ確定できる腫瘍:扁平上皮癌、悪性黒色腫、リンパ腫、肥満細胞腫
組織生検で確定が必要な腫瘍: 高分化型線維肉腫(病理でも診断が難しい)
良性は細胞診検査で確定できません。また、付属リンパ節の検査も行います。

根治手術適応かどうかは、上記のことに加えCT検査が必要になる場合があります。その他の臓器に転移していないかどうかも重要です。口の中は気付き辛い場所ですが、なるべく病変が小さいうちに対処しましょう。

こちらもご参照ください
No407 歯肉腫
No403 悪性黒色腫
No296生検
No202リンパ腫
No199肥満細胞腫


No.422 爬虫類の中耳炎

爬虫類の中耳炎は比較的多くみられ、原因としては口腔内の細菌が口腔と通じる管(耳管)から中耳に侵入して感染が起こります。

軽度の炎症では鼓膜あたりが少し腫れてるかな?という程度で外見的にはわかりづらいのですが、進行してくると膿瘍となり、次第にその部分(眼の後ろあたり)が突出するようになります。中耳炎を放置しておくと骨が溶けてきたり食欲不振に陥ったりします。

湿度が高い時期、不衛生な環境で起こりやすいとされますが、適切でない飼育環境(温度・水温・湿度など)による免疫力低下や栄養不足も原因として挙げられます。特に水棲ガメやハコガメで多くみられます。

診断は、特徴的な症状と、病変部に針を刺して細胞を診るFNA検査、骨に異常がないかどうかを確認するためにレントゲン検査を行います。

爬虫類の膿瘍は基本的にチーズ様に塊として患部を塞いでしまいますので、治療は膿を外科的に摘出する必要があります。飼育環境や栄養状態を改善しないと再発することもあります。


カナヘビの中耳炎


No.421 脂腺炎

脂腺炎は、皮脂腺の破壊により生じる皮膚疾患で、病態として免疫が関与していると考えられていますが詳細は十分に解明されていません。様々な犬種で認められる疾患ですが、好発犬種として秋田犬、プードル、ジャーマン・シェパード、サモエド、スプリンガー・スパニエルなどが挙げられ、秋田犬やプードルにおいては常染色体劣性遺伝が指摘されています。若齢から中齢で認められることが多いですが、あるゆる年齢で起こり得ます。猫にもみられます。猫では脂腺の多い下顎にできるものを猫ニキビ(アクネ)、尻尾に出来るものをスタッドテイルなどとも呼びます。

皮膚症状は、初期においては鱗屑や紅斑のみが見られ、その他被毛の淡色への変化や毛質の変化を認めることもあります。症状が進行すると、厚い鱗屑を伴う脱毛や薄毛が認められ、毛を束ねるように鱗屑が付着した毛包円柱なども見られるようになります。痒みの程度は様々で、ほとんど見られない場合や激しい痒みを認める場合もあります。痒みがある場合は、細菌性毛包炎や皮膚の乾燥等が関与していることが多いです。一方、短毛犬種、短毛猫腫における脂腺炎は、長毛種で見られるような全身性の皮膚症状が起こることはまれで、局所的に鱗屑を伴う脱毛斑が形成されます。脱毛斑は頭部や背部、耳介などによく認められます。

治療は、軽症例においては鱗屑の除去を目的に角質溶解作用のある硫黄サリチル酸シャンプーを用いたシャンプー療法と、その後の保湿を目的としたプロピレングリコールやベビーオイルを塗布する治療が行われます。重症例においては、上記の治療に加え免疫抑制剤やビタミンA製剤などの投薬が行われます。

脂腺炎は、前述の通り病態が完全に解明されているわけではないため、治療によってすべての症例で十分な改善が見られるとは限らず、改善したとしても長期に渡る治療が必要な場合があります。


猫の尾の脂腺炎


No.420 猫の原発性肝臓癌

肝臓にできる悪性の腫瘍の事を肝臓癌と言います。肝臓は沈黙の臓器と呼ばれていて肝臓癌が発生していても初期の段階では症状として現れないため発見も遅れがちです。疲れやすい、元気がない、食欲がない、肝臓の数値が悪くなった、腹水が溜まってきた、黄疸が出ているなどがみられた場合は注意が必要です。

原発性肝臓癌の発生原因は遺伝的なものが多いと推測されますが、よくわかっていません。ヒトの場合多くはB型肝炎やC型肝炎など肝炎ウイルスが原因となりますが、猫では化学物質などが原因で肝細胞が炎症を来し発癌することが知られています。肝臓は体内の毒素を解毒する化学工場の役割を行っています。農薬や薬剤(抗癌剤、抗生物質、免疫抑制剤などの長期使用)、防腐剤や着色料、保存料、塗料や化学薬品、排ガス、洗剤など体内に様々な有害物質が入り込んでくると、肝臓はこれらを無毒化しようとし一生懸命に働きます。しかし、慢性的に体内に入り込んでくると肝臓は炎症を起こしてしまいます。慢性的な刺激・炎症は肝癌発症リスクを高めます。タバコの煙が猫の癌の発生率を高めているとの報告もあります。

猫の原発性肝臓癌は主に以下の4種類があります。最も多いのが肝細胞癌で原発性肝臓癌の約半数は肝細胞癌です。

原発性肝臓癌の種類
・肝細胞癌:肝細胞が癌化して発生
・肝内胆管癌:胆汁の通り道である胆管に発生
・肉腫:肝臓の血管など間葉に発生(血管肉腫、平滑筋肉腫など)
・神経内分泌系腫瘍:神経内分泌細胞(ホルモンやその類似物質を分泌する役割を持ち、全身に分布します)に由来

肝臓の腫瘍が疑われる時、診断には、血液検査、尿検査、超音波検査、腹部レントゲン検査、肝生検、CT検査、MRI検査などを組み合わせて行います。良性なのか悪性なのかは取り出して調べないとわからないことが多いです。摘出して組織診断をしないと確定的なことは言えないということです。上記の検査、疫学的な文献、獣医師の勘などで予測はできますが確実ではありません。

肝臓癌が根治する可能性があるのは外科手術で癌を取り除くことができた時です。癌が塊を作っていて浸潤していない、なおかつ1つの肝葉に限局しているような場合は手術後の予後も良いため積極的に手術を受ける価値があると思います。一方で複数の肝葉に癌が浸潤していたり多発しているようなケースでは、たとえ癌を綺麗に切除したように見えても、たいていの場合は細胞レベルの取り残しがありますのですぐに再発してしまいます。肝内胆管癌は浸潤しやすい癌のため外科手術後の再発・転移が短期間に高率で起こるため手術後の予後は宜しくありません。広範囲に癌が拡がっている場合は手術適応がありません。神経内分泌系腫瘍も浸潤しやすいタイプの癌で早い段階からリンパ節や腹膜、肺などに転移しやすく一般に手術適応ではありません。抗癌剤や放射線治療も行われる場合がありますが根治は困難です。やはり、定期的な健康診断で早期に見つけるのが鍵となります。

クリックすると手術時の写真が出ます。苦手な方は見ないで下さい。
猫の肝細胞癌

こちらもご参照ください
No257 犬の原発性肝臓腫瘍
No72 肝臓の検査2
No71 肝臓の検査1


No.419 ユーサイドシック症候群 (Euthyroid Sick syndrome)

甲状腺機能が正常(Euthyroid)であるにもかかわらず、他の原因で甲状腺ホルモンが低値になる状態をユーサイドシック症候群 (Euthyroid Sick syndrome)といいます。

甲状腺は喉のやや下の左右にあり甲状腺ホルモンなどを分泌する腺組織です。小さな組織ではありますが、ヒトを含めた動物が生存するために必要な甲状腺ホルモンを分泌し続けることで、休むことなく代謝のコントロールを行っています。甲状腺ホルモンが分泌されないと、は全ての細胞、組織、生物は生き続けることができません。

甲状腺機能低下症は犬では代表的な内分泌疾患の一つでクッシング症候群に次いで多くみられます。甲状腺で産生・分泌されるサイロキシン(T4)や、トリヨードサイロニン(T3)などから成る甲状腺ホルモンの欠乏によって起こり、程度は様々ですが、運動性の低下、無気力、肥満傾向などの典型的な症状を起こしやすいとされています。通常は自己免疫性疾患です。

一方、ユーサイドシック症候群の原因には、腫瘍、感染症、循環器疾患、貧血、糖尿病、クッシング症候群、慢性腎不全、クレチン病などの多くの疾患が考えられます。また、抗癲癇薬、ステイロイド剤などの一部の薬剤でも甲状腺ホルモンが低くなることがあるため、甲状腺機能低下症と診断する前には、その他の病気や使用している薬剤などを除外診断しながら行います。

ユーサイドシック症候群は、長期に渡る全身状態の悪化や、特定の薬物の作用に対して体が基礎代謝を低下させて対処しているという生理的に正常な反応ひとつです。このため、通常原因となっている状態が取り去られれば甲状腺基礎値は正常な値に戻ります。

こちらもご参照ください
No77 犬の甲状腺機能低下症


No.418 低温火傷(やけど)

低温火傷とは、熱湯や火などに触れて起こる高温火傷よりも低い温度で起こる火傷です。具体的には体温より少し高い44~50℃前後のものに、皮膚が直接、もしくは数分~数時間にわたって触れ続けることで発症します。就寝時などに数時間かけて発症するケースがよく見られますが、50℃に近いものだと数分触れているだけで起こることもあります。また、皮膚が薄い場所の場合は低温・短時間でも火傷を起こしやすくなります。

低温火傷は皮膚の表面ではなく奥でじわじわ進行します。通常、初期症状は皮膚が赤らむ程度です。痛みなどを感じることもなく、自覚症状のないまま皮膚の奥をじわじわと傷めていきます。温度は低いものの決して軽い火傷ではなく、高温火傷と同様に重症になるにしたがって、赤みやヒリヒリが出る→水疱(水ぶくれ)や痛みが出る→乾燥し感覚がなくなる、といった症状が出てきます。気付かないうちに皮膚移植が必要なほど重症化することもあります。受傷後2週間程度は注意が必要です。

動物の場合はペットヒーターによる事故が最も多くみられます。ペットヒーターに直に皮膚が付くような使用は危険です。ヒーターの温度管理も重要です。とくに高齢動物や肥満や病気で動きが少ない場合は注意が必要です。

低温火傷にかかわらず、火傷は皮膚が損傷を受けた深さによって以下のように分類されます。

表皮までの損傷であるI度と浅いII度であれば治療後に跡は残らず、軽い色素沈着が起きる程度です。II度以降の損傷を受けるとほとんどの場合傷跡が残ります。特にIII度まで進行していると皮膚の切除や移植をするケースにもなりかねません。III度の火傷は治療に長い時間がかかる上に大きな傷跡が残ります。低温火傷は損傷に気付き辛く症状が進行していてもわからないことがあります。低温火傷は自分で熱傷深度を判断できない火傷です。また、腎臓を傷めている場合もあります。火傷を発見したら放置せずに受診してください。

火傷の傷口は日に日に状態が変わるので毎日の観察が重要です。II度以上の場合は新しい皮膚ができるまで、感染を起こさないこと、壊死組織がある場合はこまめに取り除くことが大切です。重症な場合はガーゼ、包帯等を使って管理する場合もあります。肉球や足先に火傷を負った場合は汚れが付着しやすく感染を起こしやすいです。体毛の多い動物では外用薬が困難な場合が多いので、抗生剤や消炎剤の内服が必要なこともあります。トイレは常に清潔にする、雨の日の散歩は控えるなども必要です。


ペットヒーターで起こったウサギの低温火傷


No.417 ヒョウモントカゲモドキの脱皮不全

ヒョウモントカゲモドキは2週間毎くらいに脱皮を繰り返します。脱皮が近付くと皮膚全体が白くなり、鼻先から脱皮が始まります。古い皮を頭の方から尻尾の方にかけて自分で脱皮していきます。通常は2~3日以内に脱皮が完了します。脱皮した皮は最終的に指先まで皮を自身で外して食べてしまう事が多いです。

脱皮不全は、瞼、指先、尻尾に起こりやすく、指先や尻尾の皮膚に脱皮不全が起これば、残った皮が乾燥して指先に食い込んで血行障害を招き、最終的に指先が壊死を起こして指や尻尾が脱落してしまいます。瞼の場合は脱皮不全の瞼の裏側の皮膚が外れずに残り、乾燥した皮が硬化して眼球に食い込んで開瞼できなくなります。眼が見えなくなるので生餌を捕食することが出来なくなります。脱皮不全と油断していると命を落とすことになります。指先や尾は血行障害で壊死することがあります。

霧吹きをしたり、ウエットシェルターを設置するなどして、ケージ内の湿度を高めに保つことが脱皮不全の予防につながります。温浴を実施することも良いです。食餌の栄養学的バランスも考慮して頂く必要があります。カルシウムに加えてビタミンやミネラルを十分に与えることも脱皮を円滑にするために必要です。

脱皮不全の皮が残ってしまっている場合は、脱皮の皮を丁寧にピンセット等で除去します。壊死してしまった指や尾は外科的な処置が必要な場合もあります。


ヒョウモントカゲモドキの脱皮不全

こちらもご参照ください
No324 ヒョウモントカゲモドキ


No.416 バクテリアルトランスロケーション

消化管は体の外部であるため外界と触れ合っており、消化・吸収の他に体内と対外のバリアとしても働いています。腸内に生息する腸内細菌やその毒素が,このバリアを超え腸管上皮を通過してリンパ組織中に移行することをバクテリアルトランスロケーションといいます。全身的な栄養不全や種々のストレス、全身性の消耗性疾患、腸管運動障害による腸内細菌の異常増殖、消化管疾患などによる全身性・局所性免疫能低下、腸粘膜萎縮、肝機能低下などが背景となります。

特異的な症状はありませんが、特に感染巣のない菌血症などではバクテリアルトランスロケーション併発の可能性があり、全身状態を重症化させます。

バクテリアルトランスロケーションが疑われた場合、バリアとしての腸管が弱っているから、あるいは腸内細菌叢が乱れているから、腸粘膜の安静を図り腸管を使わずに休ませるというのは間違いです。腸管粘膜は使用しなければさらに弱ります。腸内細菌叢を整えていくためにも経腸栄養を適切に行っていく必要があります。

バクテリアルトランスロケーションは「消化管粘膜のバリア機能」「腸内細菌」「免疫能」のバランスにより生じます。このうち何らかの手が打てるのは、消化管粘膜のバリア機能を整えることと、腸内細菌叢を整えることです。そのため、まずは適切な臓器血流の維持(循環管理)と、できるだけ経腸栄養を使用することが重要です。ヒトではプロバイオティクスと呼ばれる善玉菌を経腸的に投与することにより正常細菌叢の回復をねらう治療方法もとられます(動物では研究がありません)。このようなことからも、経腸栄養が重要だということがわかります。

看護roo! より


No.415 高Na(ナトリウム)血症

血清Na濃度が160mEq/Lを超えると高Na血症です。体内からの水分の喪失が多くなって発現するのが一般的です。通常、喉の渇きが最初の症状です。進行すると、元気消失、衰弱、震え、方向感覚の喪失、行動異常、運動失調、発作、昏迷、昏睡などが現れます。これらの症状の原因は神経細胞の脱水です。体液は細胞内から細胞外へと移動するため、重症になると脳が萎縮し髄膜の血管が障害を受けて破裂して、出血、血腫、静脈血栓、脳梗塞、虚血が発生します。体内で脱水があっても皮膚へは影響がないので見た目の脱水状態はありません。

重症度はNa濃度の増加と進行速度に関連します。通常はNaが170mEq/Lを超えない限り症状は発現しませんが、進行が急速な場合は170mEq/L以下でも症状が出てくることがあります。緩徐なナトリウム濃度の上昇ではより高値になってから症状が出ます。

血液検査で高Na血症が確認されたら基礎疾患を調べます。特に尿比重の測定は有用です。高Na血症になるとバソプレシン(脳下垂体の後葉が分泌する血圧上昇ホルモンで抗利尿作用を持っています)の放出が刺激されて高張尿になります。

高Na血症の主な原疾患には、
水分の欠乏
・胃腸管の異常(嘔吐、下痢、腸閉塞)
・腎不全
・糖尿病(浸透圧利尿に続発)
・尿崩症(バソプレシンの減少、または機能異常によって病的に薄い尿が作られてしまう病気)
水分摂取量の増加
・副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)
・高アルドステロン症
などがあります。

尿崩症のように水分のみの喪失があって電解質の喪失を伴わない場合や、消化管での水分喪失、腎不全による水分と塩分の両方の喪失の場合と、水分の喪失の方が勝る場合とがあります。高齢などによる水分摂取量の低下による体液減少も水分欠乏状態にあたります。また、神経疾患による潜在性口渇や口渇機能異常、パソプレシン分泌における浸透圧調節の異常などからも高Na血症になります。

治療は、原疾患の治療と細胞外液量を正常に戻して脱水を改善することを目指します。合併症に注意しながら点滴を行いNa濃度を改善しながら基礎疾患を治療します。Naが増えるとK(カリウム)が減少しているはずで、脱水に対する点滴にはKを添加した生理食塩水を用います。ただし、急速な点滴の投与は禁忌です。体液が急速に増量し細胞外液が希釈されると、細胞内への溶液の移動が生じて脳浮腫が起こります。点滴中に神経症状や発作起こった場合は大脳に浮腫が起こっていると考えられるので、マンニトールなどの脳圧降下・浸透圧利尿剤での補正が必要となります。徐々に点滴を行うことで脳細胞では蓄積した細胞内溶質を徐々に減少させて浮腫を起こさずに細胞内外の浸透圧を平衡に保つことができます。

こちらもご参照ください
No414低Na(ナトリウム)血症
No.304 糖尿病
No300慢性腎不全(CKD)のステージ分類


No.414 低Na(ナトリウム)血症

低Na血症とは血液中のNa濃度が低い状態のことです。健康な動物では腎臓が尿の排泄量を調節することで体内で一定の濃度が保たれていますが、何らかの原因で水分とNa量のバランスが崩れると、体内の水分量に対してNaの量が少ない状態になります。Naは体内の浸透圧を調節したり、神経や筋肉を正しく機能させたりする役割をもっています。体内のNa濃度が下がると疲労感や震えがみられはじめ、重症化すると痙攣を起こしたり、昏睡状態に陥いります。

低Na血症を引き起こす原因には、ホルモン分泌異常や腎疾患、心疾患、薬物によるものなど様々なものがあります。腎機能が低下する高齢動物でよくみられます。ただし、下痢や嘔吐、激しい運動後や厚い季節に水分を補給しようと水を多量に摂取することなどでも低Na血症を引き起こすことがあります。また、ホルモン分泌異常は年齢を問わずみとめられます。

低Na血症がみられた場合は体の水分量とNa量のバランスから考えられる原因を特定します。細胞外液(血漿と間質液より構成される細胞外の体液)量とNa量のバランスがどのように変化しているかによって3つのタイプに分けられます。

細胞外液が少ない場合:体内の水分とNaが共に失われていますが、水分よりもNaの減少量が大きいために低Na血症を発症している状態です。アジソン病、強い嘔吐や下痢、膵炎、腸閉塞、広範囲の火傷、ある種の利尿薬の使用などが原因となっています。

細胞外液が正常な場合:体内の水分量を調節するホルモン(バソプレシン:抗利尿ホルモン)の分泌異常が原因のときにみられる特徴です。抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)、甲状腺機能低下症、ユーサイドシック症候群,、腫瘍や炎症、脳疾患やある種の精神病薬や抗癌剤、胃薬などで引き起こされる可能性があります。

細胞外液が過剰な場合:ネフローゼ症候群、腎不全、肝硬変、心不全、多量の水分摂取などでよくみられる特徴で、いわゆる浮腫(むくみ)の状態です。多量の水分が体内に保持されるためNa濃度が低下します。

低Na血症の診断は血液検査で血中のNa濃度を調べることで分かります。診断基準は検査を受ける医療機関によっても異なりますが、一般的には血清Na濃度が135-138mEq/L未満のときに低Na血症と診断されます。しかし原因を特定することは簡単ではなく、他の症状や他の血液検査結果、ホルモン検査、服用している薬、場合によっては、レントゲン検査、超音波検査、CT検査などを含め総合的に判断し、考えられる病気を推測します。

治療は、早期発見が出来て症状が軽い場合、または無症状の場合は原因疾患の治療のみで改善する場合が多いです。
原因疾患の治療だけで不十分な場合は、細胞外液量が減少しているタイプに対しては、病態に応じて生理食塩水や高タンパク食、高塩分食によるNaの補充、副腎のはたらきを改善する薬剤などを使用します。これだけで不十分な場合は、Naの点滴投与や、体の水分の排出を促すための利尿薬を使用することもあります。
細胞外液量が正常か増加しているタイプに対しては水分の摂取量を制限します。
細胞外液量が増加している場合は、それに加えNa摂取の制限、利尿薬が原因になっている場合は使用量の減量や薬の中止を行います。
Naの投与スピードが速いと浸透圧性脱髄症候群と呼ばれる神経症状が現れることもあるため、数日間にわたってゆっくりとNaの補正を行います。低Na血症の程度が大きい場合は脳に重篤な影響を及ぼすこともあるため、直ちにNaを補充する必要があります。ただしこの場合も急激にNa濃度を上げすぎることで脳に影響を及ぼすことがあるため、症状や継続の検査結果を観察しながら慎重にNaを投与します。

こちらもご参照ください
No300 慢性腎不全(CKD)のステージ分類
No80 副腎皮質機能低下症
No77 犬の甲状腺機能低下症
No30 心臓疾患時の徴候2
No29 心臓疾患時の徴候1