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No.142 サイトカイン (Cytokine)

白血球の働きは、この30年くらいで非常に多くのことが分かってきました。その1つがサイトカインと呼ばれる物質の存在です。サイトカインとは聞きなれない言葉かもしれませんが、医学領域では、炎症・免疫・アレルギー・感染症・抗腫瘍などの生体防御系に影響する多くのことに関わる物質です。

サイトカインとは、抗原が感作リンパ球に結合したときに、そのリンパ球から分泌される特殊なタンパク質の総称です。細胞間の情報伝達・コミュニケーションの役割をします。サイトカインの働きに異常が生じると、様々な病気の出発点になってしまいます。ひとつのサイトカインは複数の機能を持ち、その上、いくつものサイトカインが同じ機能を持っているという特徴があります。また、サイトカイン同士が互いに影響してサイトカインの産生を調節するフィードバック機能も備えています。なかなか複雑です。
主なサイトカインを簡単に以下に挙げます。

インターロイキン(IL):白血球が分泌し免疫系の調節、細胞間のコミュニケーション機能の役割をします。現在30種以上が知られています。また、単球やマクロファージが分泌するものをモノカイン、リンパ球が分泌するものをリンフォカインと呼ぶこともあります。
インターフェロン(IF-αβγ):腫瘍などの病原体やウィルスなどの異物が体内に入ったときに分泌されます。主な役割は抗腫瘍・抗ウィルス・免疫増強作用です。
ケモカイン:白血球を遊走させる活性を持つサイトカインのこと。50種類以上あります。
造血因子(CFS):血液細胞・免疫細胞の増殖・分化に関与します。
腫瘍壊死因子(TNF-α):腫瘍細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導します。

この他にもたくさんのサイトカインが見つかっています。これからもどんどん新しいサイトカインが発見されていくでしょう。


No.141 消化管内視鏡

内視鏡とは先端に小さなレンズを付けた細い管を体の中に入れ、モニターで観察・処置・検査材料の採材をする機器です。内視鏡には、気管や気管支を観察する「気管支鏡」、鼻の粘膜を観察する「鼻鏡」、耳の奥を観察する「耳鏡」、尿道や膀胱の粘膜を観察する「膀胱鏡」、関節内部を観察する「関節鏡」、胸腔の検査・手術のための「胸腔鏡」、腹腔の検査・手術のための「腹腔鏡」、そして消化管を観察する「消化管内視鏡」があります。今回はこの消化管内視鏡のお話です。

消化管内視鏡検査は検査する部位により種類が分かれます。胃を中心に見る場合は「胃内視鏡」いわゆる胃カメラと呼びますが、食道、胃、十二指腸はまとめて上部消化管と呼ばれますので、上部消化管全体を観察する場合は「上部消化管内視鏡」となります。通常は、胃だけを観察するよりも、食道、胃、十二指腸を含めて観察することが一般的です。犬や猫では胃よりも十二指腸の方が異常が出ることが多いです。また、大腸を調べる場合は、肛門から内視鏡を挿入して、直腸を含む大腸全体(場合によって回腸も)の検査を「大腸内視鏡」にて行います。なおこの検査を上部と対比して、「下部消化管内視鏡」と呼ぶ場合もあります。

消化管内視鏡を使用する場合、ヒトと動物の一番の違いはヒトでは喉の局所麻酔と状況によって鎮静剤ぐらいで施術が可能ですが、動物の場合は基本的に全身麻酔が必要となります。また、ヒトでは人間ドックの一環として行われることが一番多いのですが、犬や猫の場合は誤食した異物を取り出すために使用されることが多いです。

消化管内視鏡検査は全身麻酔こそ必要ですが、侵襲性が低いすぐれた検査です。異物の取り出し以外にも、慢性の嘔吐や下痢などの消化器症状の診断のために使用されます。バイオプシーと言って消化管粘膜の細胞を取ってくることにより、リンパ球形質細胞性腸炎、リンパ管拡張症、好酸球性腸炎、炎症性腸疾患(IBD)、リンパ腫、その他の癌などの診断が可能です。また、小さなポリープなら切除も可能です。


内視鏡


No.140 痛み(Pain)

『痛み』とは、国際疼痛学会(IASP)で「組織の実質的あるいは潜在的な障害に結びつくか、このような障害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・感情体験」と定義されています。ややこしいので簡単な例を挙げます。例えばドアに指を挟んだときのことを思い浮かべてください。このとき「痛い」は当然として「辛い」とも思わないでしょうか?「痛い」は感覚で「辛い」は感情です。ドアに指を挟んだときに生じる痛みは不快な感覚・感情体験です。テレビドラマなどで、このときに経験したのと同じような「ドアに指を挟む」場面を見ると痛いと思うことがあります。これは、今、実際に痛みがあるわけではないけれど、思い出して痛いと感じていることになります。このように、痛みには実際に経験して感じる痛み思いだして感じる痛みの2つの流れがあります。このような理由から、言葉によるコミュニケーションが取れない動物たちには、痛みがあるかどうか、痛みを感じているかどうかわからないから痛くないと考えるのは間違いといえます。

不快な痛みですが、痛みを感じるということは、生命の防御反応にとっては非常に重要です。痛みは組織や精神に何らかのダメージを与えます。普通に痛みを感じる私たちは、ドアに挟まれそうになったときに手を引っ込めたり、転んだときは受け身を取ったりと反応します。このダメージから逃げる反応こそが生命を守るために必要です。そのため、人を含め動物は痛みから逃げるという反応を持っているのです。ここに痛みが存在する意義があります。

では、痛みは重要な反応だから、そのまま取り除かなくても良いのでしょうか?10年前くらいまでは、動物の痛みは取り除く必要がないという考え方が一般的でした。動物は痛みに強いなどと思われていたのです。また、手術のあとなど傷口が痛いと動物は動かないし、傷口をあまり舐めないので、傷口が痛い方が早く治るなどとも思われていました。しかしそれは間違いで、痛みが続くことによって生体には様々な不利益が生じます。その主なものを挙げてみます。

痛みが身体に及ぼす影響
精神状態:気力の低下、不安感
→痛みの感覚の増強
呼吸器系:肺活量・肺のコンプライアンス・換気量の低下
→体の中の酸素の低下、二酸化炭素の上昇
循環器系:交感神経の緊張の増加
→心拍数・血圧の上昇、心臓への負荷の増大
内分泌系:コルチゾールの分泌促進
→ストレス反応の促進(心拍数・血圧の上昇)、体の負担の増加
代謝系:体内異化亢進、タンパク分解増加
→栄養不良状態、削痩、創傷治癒の遅延
その他:食欲低下、運動性・活動性の低下、血液凝固能の亢進
→血栓形成の促進

上記のようなことが痛みが続くことによって生じます。例えば、心臓の悪い犬の手術をしたあとに、きちんと痛みを止めてあげないと、血圧や心拍数の増大が起こって、肺に水が溜まる肺水腫という状況になってしまうことがあることはよく知られています。そもそも痛いのはかわいそうですよね。

現在、痛み止めの薬はよいものがたくさん出ています。状況に応じて使いわけをしています。


No.139 高齢猫の体重減少

「歳だから体重が減るのは仕方ない」「食欲はあるから体重は減っても大丈夫」と思われている方は多いと思いますが、2008年のアメリカの調査では、体重の減少が少ない猫ほど長生きという結果が出ています。高齢猫の体重減少を抑えると『病気が減る』『寿命が延びる』こともわかっています。

体重の変化は主に筋肉と脂肪の減少です。体重から脂肪組織の重量を引いたものを除脂肪体重(LBM)といいます。猫のLBMは12歳から減少しはじめます。このLBMを維持することが重要です。

よくある間違いの1つは高齢の痩せた猫に低カロリーのシニア食を与えていることです。まずは痩せた原因を掴まなければなりません。とくに13歳以上の猫は体重が減ってもエネルギー要求量が上がっています。健康な成猫のタンパク要求量は5g/kgです。そのうちの34%はたんぱく由来のカロリーが必要です。老猫は消化吸収機能の減退、代謝の変化によってもっと必要です。シニア食を与えるときは注意が必要です。5%以上の体重減少は非常に危険です。すぐにきちんとした対処が必要です。

高齢猫で体重が減少してくる主な原因となるものを挙げてみます(太字はとくに多い疾患)。

食欲は正常または亢進
・代謝性:甲状腺機能亢進症、糖尿病
・炎症性:炎症性腸疾患(IBD)

食欲は正常
・代謝性:甲状腺機能亢進症、糖尿病、先端巨大症、副腎皮質機能亢進症、タンパク喪失性腎症(ネフローゼ)
・腫瘍:消化器型リンパ腫
・栄養性:不十分な栄養
・炎症性:IBD、慢性膵炎、膵外分泌不全、リンパ球性胆管炎
・感染性:消化管内寄生虫

食欲減退
・嗅覚・味覚の低下
・口腔内疾患:歯周病
・代謝性:慢性腎臓病(CKD)
・炎症性:IBD、慢性膵炎、関節炎

食欲なし
・先天性異常:門脈体循環シャント
・代謝性:CKD、甲状腺機能亢進症と併発疾患、慢性胆管肝炎、糖尿病性ケトアシドーシス、重度のネフローゼ
・心血管性:重度の心疾患と悪液質
・感染性:細菌感染と発熱
・腫瘍性:癌性悪液質
・感染性:FIV、FeLV、FIP、FVR、トキソプラズマ、クリプトコッカス、全身性真菌症
・炎症性:IBD、慢性膵炎
・特発性:乳糜胸

このようにいろいろな病気が原因となります。病気が1つでないことも多いです。痩せてきたのを早期に発見し、原因を早期に特定し、きちんとした治療をして、体重と筋肉を元に戻すことが長寿のためには必要です。


21歳の猫ちゃん


No.138 第16回 飼主様向けセミナー

昨日の飼主様向けのセミナーにご参加くださった方々、ありがとうございました。是枝先生による跛行のお話はいかがでしたでしょうか?簡単にまとめると
・人工股関節
・股関節形成不全(HD)
・レッグペルテス(LCPD)
・前十字靭帯断裂(CCLR)
・犬猫の関節炎のサイン
のお話でした。

アンケートにあったご質問にお答えします

Q.一般の病院で人工関節の手術を専門医にやってもらうことは可能か?
A.高度な整形外科手術のための設備がある病院ならば可能です。当院は可能です。

Q.犬の人工関節の手術代は?
A.動物のサイズにもよりますが60-80万円くらいです(その約半分は、人工関節のキットの代金です)

また、参加されなかった方でも自宅でも応用できる関節炎のサインを挙げておきます。

犬の関節炎のサイン
・運動量の減少:走りたがらない、散歩を嫌がる、ボールなどで遊ばなくなる
・ジャンプできない:上り下りをしなくなる、車やソファに飛び乗らなくなる
・前肢:脚をひきずって頭が上下する(頭が上がってしまう胞の脚に問題)
・後肢:お尻が上下する(お尻が上がってしまう方の脚に痛みがあることが多い)
・関節の硬さ:関節が硬くなると歩幅が短くなる
・不自然な姿勢:
座り方や立ち方が不自然
脚が左右に流れる
体重が体の中心に来ていない
背中が丸まっている
通常犬の背中はまっすぐ、まっすぐでないのは痛みのサイン

猫の関節炎のサイン
・12歳以上の猫の90%に関節炎がある(治療を受けているのは7%)
・猫は身軽なため症状を見落としやすい
・ジャンプをしなくなった:猫は高いところに登ったりするのが好きな動物
・ジャンプが低くなった:ジャンプはするけど高さが低くなった
・関節の硬さ:歩幅が狭くなりゆっくり歩く
・歳を取ったように見える:
歳を取っても関節が健康なら俊敏
動きに制限が出ると歳を取ったようにみえる

関節炎は元に戻せません。悪化する前に、原因を特定し、早期に進行を抑えることが大事です。

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No102前十字靭帯断裂1
No103前十字靭帯断裂2


No.137 不整脈 (Arrhythmia)

先日、アイドルをやっていた女子高生が突然亡くなり、原因が不整脈だといわれていました。動物でも不整脈はあり、統計上はヒトより多くみられます。とくに症状がなくて、無治療や経過観察のみでよいものもありますが、虚脱や失神、重度のものは放っておくと突然死が起こるものもあります。

不整脈の診断の第一歩は聴診、次に心電図(ECG)です。他の疾患が原因だった場合など、普通の心電図でもわからない不整脈もあるので、血液検査や超音波、ホルター心電図などの追加検査が必要な場合も多いです。今回は犬や猫でよくある不整脈をご紹介します。

正常な心拍数の目安は、犬で1分間に70-160回、猫で120-200回ぐらいです。不整脈には様々な分類方法がありますが、わかりやすくするために、この目安より遅いものを徐脈性不整脈、早いものを頻脈性不整脈に分類し、頻脈性不整脈は上室(心房)性と心室性に分けて考えます(実際には分類が難しい場合もあります)。

徐脈性不整脈

・洞性不整脈(SA)
吸気時に心拍数が上昇、呼気時に減少する不整脈。基本的には治療の必要はありません。

・洞不全症候群(SSS)
心臓の調律を発する部分を洞房結節といい右心房にあります。この洞房結節の機能が低下して生じる不整脈を洞不全症候群(SSS)といいます。洞不全症候群は、洞性徐脈、洞停止、洞房ブロックなどが複合して発生するもので、M.シュナウザー、M.ダックスフント、A.コッカースパニエルに多く、無症状の場合もありますが、アダムス・ストークス発作(失神)を起こすときは治療が必要です。I型からIII型に分類されています。迷走神経緊張、低体温、甲状腺機能低下症、高K血症などの他の疾患が原因の場合もあります。
I型:持続性の洞性徐脈
II型:洞房ブロック(S-Aブロック)、洞停止(Suinus arrest)
III型:徐脈と頻脈の繰り返し

・房室ブロック(AVB)
房室ブロックとは、心房から心室の電導遅延または途絶を意味し、程度によって第1度、第2度(MobitzI型、MobitzII型、高度)、第3度(完全)房室ブロックに分類されています。MobitzII型以降の房室ブロックは治療の必要があります。猫の失神を引き起こす房室ブロックは高度房室ブロックです(発作性房室ブロックとも呼ばれます)。高度房室ブロック、第3度房室ブロックでは突然死の可能性があります。

頻脈性不整脈

・上室性不整脈
上室性不整脈で最もよく遭遇するのは、僧房弁閉鎖不全症の末期に出現する、心房細動(AF) です。この不整脈が出てしますと僧房弁閉鎖不全症は予後不良です。このような事態にならないよう、僧房弁閉鎖不全症は早期からの治療が必要です。

・心室性不整脈
心室性不整脈の代表は心室期外収縮(VPC)で、様々な心筋症でよく出現します。ヒトでよく脈が飛ぶと表現されます。単発のものは経過観察でよいのですが、多発性、連続性の場合は治療が必要です。

不整脈のうち無症状なものは、健康診断などで偶然に見つかる場合も多いです。お家での対応は、安静時に胸を触って心拍数やリズムをみてみて下さい。以上がありそうな場合はご相談下さい。

心房細動の犬の心電図


No.136 犬ウィルス抗体価検査 (Canine VacciCheck)

今まで、外の検査所にお願いしなければならなかった、犬のジステンパー、パルボ、アデノウィルスの検査が院内で、そして外注よりも安価でできるようになりました。この3種のウィルスに対するワクチンはコアワクチンといわれ、犬の混合ワクチンの中で最も重要なものです。

最初の年のワクチンは必須ですが、2歳以降のワクチンについては、毎年必要なのかどうか、以前から議論がありました。今回、この3種のウィルスの抗体価を測定することにより、採血が必要なのと、次の日のご報告になってしまいますが、その年のコアワクチンが必要かどうかを判断できます。本当にそのウィルスに対して免疫を持っているかどうかは、メモリーBリンパ球なども関与して少し専門的な話になるのですが、抗体価がきちんと上がっていれば、そのウィルスに対しては免疫を持っている可能性が高いといえます。

残念ながら、レプトスピラや猫ちゃんのウィルスに関しては、今のところ外の検査所にお願いするしかありませんが、高齢だとか病気があるからワクチンが心配だという方には良い方法だと思います。しかし、検査で抗体価が不足しているという結果が出てしまった場合は、ワクチン接種が必要となります。

ウィルス抗体価検査をして抗体価が十分にあると判定された場合には、混合ワクチンをやらなくても、ワクチンをしていただいている方と同じ下記のサービスを継続させていただきます。

『当院で1年以内に、混合ワクチンを接種していただいているか、もしくはウィルス抗体価検査で抗体価が十分にあると判定されている場合(ワンちゃんの場合はフィラリアの予防も必要)』
・再診料無料
・爪切り、肛門腺の処置無料
・トリミング(有料)
・ペットホテル(有料)

ご希望の方は診察時にご相談ください。

残念ながら、ドッグランやドッグカフェへの入場、当院以外でのペットホテルやトリミングなどは、ウィルス抗体価検査だけでは断られる場合があるかもしれません。また、マンションなどにお住まいの場合、内規もよく考慮してご検討ください。

また、狂犬病ウィルスに対しても抗体価検査は可能ですが、今のところ、狂犬病予防注射は法律で年に一度の接種が義務付けられています。


No.135 ウサギの不正咬合 (Malocclusion)

ウサギの歯は解放性の歯根を持つ常生歯といい、月に1センチほど永久に伸び続けます。切歯(前歯)と臼歯(奥歯)2種類の歯があります。歯の働きは、上顎の2本と下顎の2本、そして上顎の前歯2本の裏に生えている2本の合計6本の切歯で牧草を切断し、左右に11本ずつ生えている臼歯で、切断した牧草などを下顎を臼のように動かすことによって細かくすりつぶします。 このような動きがきちんとできなくなると、切歯は唇を、上顎の臼歯は頬の内側を、下顎の臼歯は舌を傷つけます。このように正常な噛み合わせでなくなってしまった状態を不正咬合といいます。

主な原因は、先天性の解剖学的な異常の場合もありますが、多くは後天性で、食事の内容がペレットだけで牧草などを与えないために歯を削ることができなくて生じる食事性、 金属のケージをかじることにより歯が曲がって上下のかみ合わせが悪くなるなどの外傷性、老化や歯根部の感染、若いときのCa不足による歯槽骨の変形なども原因となります。

不正咬合の症状は、食欲不振、流涎が主ですが、とくに臼歯の不正咬合は重度になると顎の変形が起きたり、膿瘍ができたりします。このようになってしまうと完治は困難ですので、早いうちの対処が必要です。確定診断は通常、視診とレントゲン検査で行います。他の食欲不振を症状とする疾患との鑑別や顎の状態の把握のためには血液検査、超音波検査なども必要となる場合があります。

治療は、軽症の場合は内科的な処置で可能な場合もありますが、基本的には外科的に歯を削ることが主となります。切歯は無麻酔で処置が可能ですが、臼歯は全身麻酔が必要です。臼歯の処置を無麻酔でやると、出血による窒息や顎の骨折など、取り返しのつかない事故につながる可能性があります。また、奥の臼歯に関してはきちんとできませんし、皆様も、自分の歯を無麻酔で削られることを考えたら、非常に恐いと思います。

一度不正咬合になると、生涯にわたっての治療が必要です。予防は、切歯については環境の整備、臼歯については、とにかくイネ科の牧草(チモシー)を食べさせることです。日光浴を推奨する報告もあります。


No.134 プラークコントロール (Dental plaque control)

歯周疾患の原因は歯垢(プラーク)です。歯に付いたネバネバです。犬や猫は唾液のpHや成分、歯の形状がヒトと違うため、虫歯にはなりにくいですが、歯周疾患には非常に多く罹患します。歯肉・歯根膜・セメント質・歯槽骨のことを歯周組織といいます。歯周疾患は歯の病気ではなく、これらの歯周組織、歯の周りの病気です。歯周疾患が進むと、これらの歯周組織が崩壊して、歯肉が後退し骨の吸収が起こります。歯が家だとすると土台や基礎の崩壊と例えられます。3歳を超えた犬猫の8割以上が歯周疾患になっているという報告があります。

歯周疾患の予防には日頃からのプラークコントロールが重要です。現在、犬用のおもちゃ、ガム、ヒヅメ、歯のためのおやつなどがペットショップにたくさん並んでいて、歯茎のマッサージになる、歯が強くなる、歯石が取れるなどをうたい文句にしてますが、実際はどうでしょうか?
犬や猫は硬いものを与えると、奥歯のみを使って噛みます。これは犬や猫の歯が裂肉歯といって、獲物を引きちぎって飲み込む構造になっているからです。同じ歯ばかりにストレスがかかると歯が割れます。我々は臼歯の破損をよく診ます。また、これらで歯石が取れることもありません。ガムなどで歯石が取れるなら、ヒトでもわざわざ歯医者さんに行く必要はありません。

犬でも猫でも(ヒトでも)プラークコントロールには歯ブラシによる歯磨きが重要です。メインとなる毛先の柔らかい歯ブラシに加え、いろいろな形状の歯ブラシ、綿棒やガーゼ、指サックなども使うとやりやすいです。磨くときは、歯の表面のネバネバを取ることと、歯周ポケットを意識しましょう。最初は嫌がる場合が多いので、長時間行わず、少量のご褒美をうまく与えるなどして行ってください。また、最初は外側だけでも結構です。口の中を触られることに抵抗のないように徐々に慣らしましょう。口を全く触らせてくれない場合は、口を触る事から訓練するしかありません。焦らずに時間をかけて慣れてもらいましょう。歯磨きをさせてくれる場合でも、ある程度の間隔(通常は1~3年毎くらい)で、歯石の除去を含めた口腔内のケアを全身麻酔下で行う必要があります。詳しく聞きたい方は診察時にご相談ください。

最後によく誤解されている点を2つ。まずは、歯石を取ると歯石が付きやすくなるというのは都市伝説です。きちんとした処置をすれば、処置後に歯石が付きやすくなることはありません。また、無麻酔での歯石除去はほとんど意味はありません。歯周ポケットや歯の裏側の歯石がきちんと取れませんし、口腔内を精査することもできません。臭いの除去くらいにはなるかもしれませんが、きちんとした歯周疾患のケアのためにはおすすめできません。

こちらもご覧下さい
No18 歯石
No97 歯周病1
No98 歯周病2

動物用歯ブラシ


No.133 人畜共通伝染病3 (Zoonosis)

ズーノ-シスの最後は、真菌(かび)、寄生虫、原虫によるものを解説します。

原因が真菌によるもの

皮膚糸状菌症(真菌症):白癬などともいい、皮膚病(糸状菌症)にかかっているイヌやネコ、ウサギ、ハムスターなどと接触することで感染し、ヒトでも動物でも、円形の発疹、かゆみ、化膿などを起こします。ヒトは通常は抗真菌薬を塗ればよくなりますが、動物の治療も並行して行い感染源をなくすことが重要です。動物では通常内服薬での治療になります。真菌は非常にしつこいので、きちんとした治療が必要です。

原因が寄生虫によるもの

トキソカラ症(回虫症):犬には犬回虫、猫には猫回虫が感染することがあり、これらの回虫はトキソカラ属に分類されています。犬や猫の便の中に出てきた回虫の虫卵をヒトが飲み込むと腸の中で孵化し幼虫が生まれます。幼虫はヒトの体内では成虫になれず(稀に猫回虫では成虫になる場合があります)、眼、肝臓、心臓、肺、脳などを移動します。このような内臓幼虫移行症をトキソカラ症といいます。犬回虫の幼虫が眼の中に移動したものを「眼トキソカラ症」、犬回虫、猫回虫の幼虫が眼以外の体内に移するものを「内臓トキソカラ症」といいます。眼トキソカラ症の場合には、視力の低下、飛蚊症、視野が狭くなったり、視野内で見えない部分があるなどの視覚異常などが起こります。内臓トキソカラ症の場合には、気づかないときもありますが、全身の倦怠感や体重減少、吐き気や軽い腹痛などを起こすことがあります。また、肝臓に肉芽腫ができることもあります。
犬や猫では感染していても症状が現れない「不顕性感染」がほとんどです。しかし、幼犬に多数の成虫が寄生した場合は、お腹の異常なふくれ、吐く息が甘い、異嗜(いし:食べ物ではないものを食べること)、元気がない、発育不良、やせる(削痩)、貧血、皮膚のたるみ(皮膚弛緩)、毛づやの悪化、食欲不振、便秘、下痢、腹痛、嘔吐を起こします。体内に幼虫が寄生している雌犬が妊娠すると、胎盤や乳汁などを通して子犬にも感染します(母子感染)。

エキノコックス症:エキノコックス症は、キタキツネや犬が多包条虫とよばれる寄生虫に感染し、糞便と一緒に排泄された虫卵が、何らかの拍子に人の体内に侵入し、重い肝機能障害を起こす病気です。潜伏期間は5~15年で、発症すると病巣を外科的に切除する以外に有効な治療法はありません。日本では北海道だけに存在すると考えられてきましたが、2005年には埼玉県で捕獲された犬の糞便から、また、2014年4月には愛知県知多半島で捕獲された犬からエキノコックスの虫卵が確認されました。
犬はほとんどの場合、感染していても症状が現れない「不顕性感染」です。感染した野ネズミを食べたり、口にくわえたりすることで虫卵が体内に侵入し、感染します。感染した犬は、糞便中にたくさんの虫卵を排泄します。
エキノコックス症の予防方法としては、虫卵が口に入らないよう、一般的な衛生対策を行うことです。

原因が原虫によるもの

トキソプラズマ症:トキソプラズマ症は、トキソプラズマ原虫の感染によっておこる動物由来の感染症です。 人を含めた多くの哺乳類や鳥類に感染することが知られています。ペットではとくに猫からの感染が問題となります。
ヒトを含む多くの動物が不顕性感染ですが、幼令や免疫機能が低下している場合は、重篤な症状が出ることがあります。注意が必要なのは、ヒトの先天性トキソプラズマ症です。これは、母体が妊娠の6ヶ月前~妊娠中に初めてトキソプラズマに感染した場合、まれに胎盤を経由して胎児が感染し発症するものです。症状は、脈絡網膜炎(失明に至る眼の炎症)、肝臓や脾臓の腫大、黄疸、痙攣、水頭症、頭蓋内石灰化、精神遅滞、死流産等です。 胎児の発症率は、母体の感染が妊娠後期になるにつれて高くなります。妊娠初期では、胎児へ伝染するリスクは低くなりますが、万一感染した場合の症状は重くなります。
外に出る猫は、ネズミや鳥を捕食することでや土壌等を舐めてしまうことにより、感染することがあります。ヒトは感染した動物の糞便から感染しますが、感染力を持つようになるには4~5日かかるので、トイレはすぐに片づけるようにしましょう。そして、妊娠中はとくに注意しましょう。トキソプラズマ症の予防という観点からは、妊娠しても現在飼っているネコを手放したり、隔離したりする必要はありません。ご心配な方は医師、獣医師とよく相談してください。