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No.56 慢性腎臓病(CKD)2

CKDの症状は病期(ステージ)によって異なります。早期では無症状のことが多いです。腎臓の障害が進むに連れ、多飲多尿(PUPD)、体重減少、食欲不振、貧血などが顕著になってきます。ステージが進んでしまうと、体内の不要な物質を尿から排泄できなくなり、尿毒症に陥ります。尿毒症の症状は、嘔吐、乏尿(尿が少なくなること)、虚弱、筋肉の減少、などです。最終的には、痙攣、昏睡などの症状が出て命を落とします。

IRIS(International Renal Interest Society)のCKDステージ分類

ステージ1 (残存腎機能33%):早期腎臓病期;血液検査異常なし

ステージ1~ステージ2 (残存腎機能25%):腎機能不全期;低比重尿、GFR(糸球体濾過率)の減少、血液検査異常なし

ステージ2~ステージ3(残存腎機能10%):早期腎不全期;低比重尿、BUN(血中尿素窒素)の軽度上昇

ステージ3~ステージ4(残存腎機能5%):尿毒症期;BUNの中等度から重度の上昇

ステージ4~:終末腎不全期;生命維持に透析ないし腎臓移植が必要

CKDの診断の難しいところは、腎臓の状態がかなり悪くなるまで症状がわかり辛いところです。一般身体検査に加えて、血液検査(BUN、CRE、Htなど)、尿検査、レントゲン検査、超音波検査、血圧測定、バイオプシー検査などを、必要に応じて組み合わせて診断を行いますが、上記のように腎機能の残りが33%ぐらいまでに落ちても、なかなか検査に引っかかってきません(早期発見にはGFRの検査が有効とされていますが、カテーテルを入れるなどの制約が多く、実際には実施し辛い検査です)。個人的に、CKDの早期発見には、多飲多尿(PUPD)の症状、低比重尿、血圧測定が重要だと考えています。

CKDの治療は原因疾患やステージ、合併症の有無によって異なりますが、

・ストレスを避ける

・療法食

・十分な水分摂取

・原因疾患の治療

・球形吸着炭製剤

・輸液

などが、中心となります。進行したCKDには輸液が重要になります。飼主様に、ご自宅での輸液のやり方をご指導させていただいて、実施していただいている方が、たくさんいらっしゃいます。輸液を覚えていただくと、生存期間の延長やQOL(生活の質)の改善が飛躍的に見られます。また、大学病院では、透析、腎臓移植などの研究と1部の実施がされていますが、透析は時間と費用の問題、移植は倫理的な問題があり、実際には、まだ、困難です。


No.55 慢性腎臓病(CKD)1

心臓疾患や腫瘍とならんで、高齢になった動物たちの生命をおびやかす病気の1つに慢性腎臓病(CKD)があります(以前は慢性腎不全と呼ばれていました)。CKDは『両側あるいは片側の腎臓の機能的、もしくは構造的な異常(両方の場合もあります)が3ヶ月以上続いている状態』と定義されています。CKDは早期に診断・治療することで、生存期間やQOL(生活の質)の改善ができることが明らかになっています。

CKDの主な原因としては

先天性(遺伝性・家族性)

・腎低形成・異形成、多発性腎嚢胞

・犬:バセンジー(近位尿細管再吸収障害)、コッカー・スパニエル(IV型コラーゲン欠損)、サモエド(IV型コラーゲン欠損)、ドーベルマン(家族性糸球体症)、ラサ・アフソ(腎異形成)、シー・ズー(腎異形成)

・猫:アビシニアン(腎アミロイドーシス)、ペルシャ(多発性腎嚢胞)

免疫疾患

・全身性紅班性狼瘡(エリテマトーデス)

・糸球体腎炎

・血管炎(FIPなど)

アミロイドーシス

腫瘍

腎毒性物質の摂取

腎の虚血

炎症、感染症

・腎盂腎炎

・レプトスピラ症

・腎結石

尿路閉塞

特発性(原因不明)

CKDでは、上記のような原因によって、慢性的に腎障害が進行し、その修復過程におこる線維化(糸球体硬化と尿細管と間質の線維化)を伴って、やがて大部分のネフロン(腎単位)が消失し、尿毒症に陥ります。

次回に続きます。


No.54 動物が快適な気温・湿度

去年も書きましたが、この時期、暑さが原因で体調を崩している動物がたくさんやってきます。熱中症・熱射病もそうですが、気温や湿度が上がり過ぎ、体に負荷がかかると、貧血や白血球の上昇(軽いショック状態のため)、痒みなども出てきます。

品種や年齢、体毛の長さ、持病の有るなし、気流(風通し)にもよりますが、犬の場合、快適な気温は20~24度、湿度は40~60%といわれています。最高でも室温25度以下、湿度60%を超えない環境が必要です。扇風機はそれだけではあまり役に立ちません。横浜市在住の方はほとんどの場合、エアコンが必要になるでしょう。また、お散歩も、日の出前、日が沈んで2時間以上たって、アスファルトが熱くなくなってから行くなどの配慮も必要です。パット(肉球)の火傷も防げます。

猫の場合は、砂漠地方の出身で、犬よりも暑さに強いと考えられていますが、やはり、室温25度以下、湿度50%以下の環境が良いようです。とくに、ふだんから、あまりお水を飲まないタイプの猫ちゃんは注意が必要です。日向ぼっこをしながら、水を飲むのを忘れてしまい、熱中症になってしまう猫ちゃんもいるぐらいです。これは、猫が砂漠地方の出身なので水を飲む習慣があまりないから。などと説明されています。

他の動物では、ウサギは気温16~22度、湿度30~60%。ハムスターは20~26度、40~60%。フェレットは15~24度、40~60%。プレイリードッグは18~24度、30~70%。モルモットは18~24度、50~60%。セキセイインコは20~28度、40~60%。文鳥は25~28度、50~60%。がお勧めです。参考になさって下さい。

こうして見ていくと、冷房が苦手な方にとっては、少し寒過ぎる設定ですね。もちろん、節電も大事な時期です。無駄はよくありませんが、最低限、動物たちが病気にならない環境は維持したいものです。


No.53 近いものほど

中部大学の武田邦彦先生のお話が興味深かったので引用させていただきます。

ヒトには、近いものほどバカにするという特徴があるそうです。とくに成長期、仕事を覚える若い時期などに顕著に見られるそうです。

例をあげると、学生時代には、自分のことを1番良くわかってくれて、1番親身に考えてくれるはずの『親』がうっとうしく、親より少し離れた『友人』の意見を尊重し、直接は接点のない『偉い人』の話はとてもよく聞く。また、就職して会社に慣れてくると、直接仕事を教えてくれた『身近な上司』のことをバカにして、『同僚』と自分たちに都合の良い意見(上司の悪口)を交わして鬱憤を晴らし、対して会ったこともない『業界の権威者』には尻尾を振る。というようなことです。

良い悪いではなく、これが、ヒトというものだそうです。一見、動物の話には関係なさそうですが…

毎年、多くの犬猫が殺処分になっていることは、みなさんもご存知だと思います。去年、神奈川県だけでも、犬515頭、猫4924頭、合計5439頭(行政や各団体の方々の努力で、全国的に見れば少ない方ですが)もの犬猫が殺処分を受けています。

行政の方々にとっても、すごく嫌な仕事だと思います。このようなことをマスコミは積極的には取り上げませんし、殺処分が少しでも減るため使われている税金も、まだまだ少ないのが現状です。一方、ホッキョクグマやパンダやトキについては、ちょっとしたことで多くの時間を使った報道がなされますし、注目度も高いです。また、パンダはレンタル料は1年1頭約1億円。トンボでもモグラでもネズミでも、命の尊さは同じだとは思いますが、ヒトと1番近くて仲良しのはずの犬や猫が、現在も、これほどたくさん殺処分されていることは悲しい現実です。納得できません。絶滅危惧動物を守ることと同列に語ることではないかも知れませんが、犬猫をはじめ、ヒトに身近な動物たちのことを、もう少し、しっかり考えるべきではないでしょうか。


No.52 食欲不振

食欲不振は様々な原因によって引き起こされます。重大な疾病であることもあります。一般的にはいろいろな病気の初期症状として現れます。食欲不振の症状のみで原因を特定することは困難な場合が多いのですが、まずは、最初のステップとして『病気が原因ではなく食べない状態』なのか『食欲がなくて食べられない状態』なのか『食欲はあっても食べられない状態』なのかを考えます。

『病気が原因ではなく食べない状態』というのは、普段から与える食事が多過ぎる場合や、選り好みの多い場合、急な食事の変更、運動不足、ストレス(ストレスは心の病気ですが)になるような環境の変化(新しい動物が来た、結婚などでヒトの家族が増えた、引越し、別離、離婚、死別)などが原因です。

『食欲がなくて食べられない状態』には、内臓系の疾患を含め多くの原因が存在します。まずは、急性なのか慢性的に食欲がないのかを判断し、他の症状(とくに体重減少、脱水、嘔吐、下痢、発熱、神経症状などは重要です)や、その動物の品種や病歴をよく吟味します。よくある原因としては、脳神経疾患、嗅覚の消失、痛み、各種臓器(心、肺、腎、肝、膵、脾、胃腸、血液)の疾患、感染・炎症、腫瘍、中毒、内分泌疾患、寄生虫などがあります(ほとんどの病気ですね)。

『食欲はあっても食べられない状態』という中で最もよく見られるのは、歯石が溜まり過ぎてひどい歯肉炎が起こり、口が痛くて食べられない場合です。この場合は悪臭と流涎が見られます。また、顎の骨折、咀嚼筋の異常や三叉神経麻痺などの口腔野の運動障害も原因となる場合があります(嚥下障害)。前庭障害などにより眼振が起こってしまった時もこの状態になります。

どの状態においても、必要に応じて、血液検査や尿検査や便検査、レントゲン検査や超音波検査、内視鏡などの検査を考慮します。これらを総合的に判断して原因を探します。治療法は原因、重症度によって変わりますが、どのような病気でも、早期に発見出来れば治癒率が高いことは言うまでもありません。


No.51 痛みについて3

動物の痛みの分類をしてみます。

性質による分類

・急性痛:障害、損傷によって認められる痛み。鋭く激しい。

・慢性痛:長期間持続している痛み。ズーンと痛い。じわっと痛い。

・癌性疼痛:癌やその治療に関連して生じる痛み。急性、慢性両方の性質を持ち、強い痛みが長期間持続する。痛みを完全に取り除くことが困難。

部位や原因による分類

・体性痛:骨、関節、皮膚などの損傷による痛み。鋭く疼くような痛み。急性痛とほぼ同じ。

・内臓痛:内臓を引っ張ったり、膨らませたり、炎症による痛み。ズキズキ、シクシクなどと表現されます。

・関連痛:実際には障害を受けていない部位や痛みの原因となっている部分から離れている場所で感じる痛み。深い部分の体性痛や内臓痛から引き起こされ、ゆっくりと進行します。

・異痛:軽くなでたり触ったりする程度の、通常は痛みにならないような刺激を痛みと感じてしまうこと。急性痛や体性痛がきちんと治療されていなかったり、軽い痛みが繰り返し加えられると起こることがあります。

・筋筋膜痛:硬直や筋痙攣、こわばり、関節の可動性の減少などと関連して、筋肉や筋膜、周囲組織に生じる痛み。

・神経性疼痛:神経への直接的な障害による痛み。激しくズキズキした痛み。

痛みにもいろいろな種類がありますね。最後に、痛みの客観的な測定法をご紹介します。いくつかの種類がありますが、『動物の痛み研究会』が作成した急性痛のペインスケールが良くまとまっています。いつもと様子が違って、以下のような症状が見られたら、お早めにご相談下さい。

犬の急性痛のペインスケール

レベル0:痛みの徴候は見られない。

レベル1(軽度の痛み):ケージから出ようとしない。逃げる。尾の振り方が弱い。人が近づくと吠える。反応が少ない。落ち着かない。寝てはいないが目を閉じている。元気がない。動きが緩慢。尾が垂れている。唇を舐める。術部を気にする。ケージの入口に尾を向けている。

レベル2(軽度~中程度の痛み):痛いところをかばう。第3眼瞼の突出。アイコンタクトの消失。自分からは動かない。じっとしている。食欲低下。耳が平たくなっている。立ったり座ったりしている。

レベル3(中程度の痛み):背中を丸めている。心拍数増加。攻撃的になっている。呼吸が速い。間欠的に唸る。震えている。頬に皺をよせる。体に触れると怒る。流涎。横になれない。過敏。術部を触ると怒る。

レベル4(中程度~重度の痛み):持続的・間欠的に泣き喚く。全身の硬直。持続的に唸る。食欲廃絶。眠れない。

猫の急性痛のペインスケール

レベル0:満足していて静か。快適。周囲に興味がある。術部や体に触れても痛がらない。

レベル1(軽度の痛み):症状は微妙。引きこもり。周囲に興味がない。触診に反応したり、しなかったり。

レベル2(軽度~中程度の痛み):丸まって寝ている。被毛は粗剛。食べ物に興味なし。触診に対して攻撃的に反応したり、逃げたりする。

レベル3(中程度の痛み):物悲しく鳴く。動こうとしない。触診に対して唸ったりシャーという。

レベル4(中程度~重度の痛み):周囲に反応しない。ケアを受け入れる。触診に反応しない。


No.50 痛みについて2

前回、痛みは生命を守る重要な感覚であるということをご説明しました。では、痛みを取り除く必要はないのでしょうか?実は、一昔前まで、動物の痛みは取り除く必要はないという考え方が一般的でした。お腹を開けるような大きな手術をしたあとに、すぐに立ち上がって歩き回ったり、ヒトなら気絶しそうな大怪我を負っていても食欲があったりする動物たちの姿をみて、動物は痛みに強い。痛みを取らない方が少しは大人しくしていて怪我の治りも早くなるから痛みを取る必要はない。などと考えられていました。しかし、現在ではそのようなことはありません。たしかに、痛みがあれば動物は大人しくしてくれるため、手術の傷口などには安心感はありますが、痛みがあることによって様々な生体への不利益もあることがわかってきています。主なものをご紹介します。

・感覚的側面:気力の低下、不安感→痛みの感覚の増強

・呼吸器系:肺活量低下、肺のふくらみやすさの低下→換気量の低下

・循環器系:交感神経の緊張→心拍数・血圧の上昇、心臓への負担の増加

・内分泌系:コルチゾールの分泌促進→ストレス反応の促進、心拍数・血圧の上昇

・代謝:異化亢進→栄養状態不良、痩せる、傷の治りが遅くなる

・その他:食欲低下、活動性の低下、血液凝固能の促進→血栓形成の危険性の増加

上記以外にも多くの理由が証明されてきていますが、そんなことよりも、痛いのはかわいそうですよね。痛いままにしておくのではなく、動物の痛みも取ってあげなければなりません。5年ほど前から、動物用の良い鎮痛剤が多くのメーカーから発売されています。現在では、手術をするときに、鎮痛剤を投与しないで行うことは全くと言って良いほどありませんし、関節炎やお腹の痛みなどの場合にも、鎮痛剤は積極的に使用します。ただし、ヒト用の鎮痛剤をそのまま動物に使用すると、まずい場合が多々あります。ご注意下さい。

痛みの感じ方をもう少し詳しく見て行きましょう。まずは、タンスに足の小指をぶつけてしまったときのことを想像してみて下さい(想像するだけで痛いですよね)。このとき、足の小指と周辺の組織は、ぶつかった衝撃で障害され、その障害がそこにある神経に伝達されます。この組織に障害を与える刺激を『侵害刺激』と呼び、その障害を受ける場所を『侵害受容器』と呼びます。『侵害刺激による侵害受容器の刺激』が傷みを感じる第一歩です。次に、ぶつけたことによって生じた侵害受容器の刺激の情報は、神経を通って伝わって行きます。ぶつけた指の周辺の神経からの刺激は脊髄(背骨の中の神経)の中に入り、大脳に伝達されます。大脳へ向かう途中、延髄、中脳を経由します。そして、大脳に伝達された刺激は、大脳新皮質感覚野に入り『痛いっ!』と認識されます。

このように、ぶつけた衝撃により神経が刺激される→刺激された神経の情報が伝達される→脳へ到達した刺激が感覚として認識される。という流れが、痛みを感じるメイン経路です。同時に、ぶつけた小指は腫れたり熱を持ったりしていきます。これは、ぶつけた衝撃で、小指とその周辺の組織に炎症性メディエーターといわれる化学物質が出るためです。こちらも、最初の刺激のように大脳に伝達されます。今度は伝達される神経の種類が異なるため、ぶつけたすぐあとではなく、少し経ってからジワジワと痛いと感じることとなります。

痛みを感じると、さすりたくなりますよね。そのときに、ぶつけた部分だけでなく、周囲もさすってしまうのはなぜでしょうか?これは、さすることにより痛みの伝わる感覚をごまかしているのです(ゲートセオリーと言います)。さすることで痛みの刺激が脊髄に入ることを押さえ、さすることによる振動で大脳での痛みの感覚の認識をごまかしているのです。その他にも、体には自らで痛みを抑制する働きがあり、これらは、大脳が全ての痛みの刺激を一手に受け、大きなストレスにならないようにするために働いています。

次回に続きます。


No.49 痛みについて1

動物の痛みについて考えてみます。『痛み』を文章で表すのは、なかなか難しいです。国際疼痛学会(IASP)は『痛み』を『組織の実質的あるいは潜在的な障害に結びつくか、このような障害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験』と定義しています。わかり辛いですね。例を挙げると(日大の佐野先生のお話がわかりやすいので引用させていただきます)。犬に咬まれたときのことを想像してみて下さい。このとき『痛い』と感じるとともに『つらい』とも思うのではないでしょうか?このことを少し難しく解説すると、『痛い』は感覚であり、『つらい』は感情表現なので、犬に咬まれて生じる『痛み』は、先ほどの定義にある通り『感覚情動体験』と言い表すことができます。このときに経験したのと同様な意識内容、例えば、犬ではなく猫に手を咬まれるTVドラマの場面を見た場合も『痛い』と思うことがあります。今、実際に体に痛みがあるわけではないけれど、思い出して痛いと感じているわけです。ご自分が注射を受けるとき、注射の針が刺さってないうちから『痛い』と思ったことがある方も多いと思いのではないかと思います。つまり、痛みには、実際に経験して感じるものと、経験をもとに思い出して痛いと感じる2つの感覚があるのです。

このようなことから、痛みのケアをする場合には、組織が障害されたときに生じる感覚・情動体験は、まぎれもない痛みであること、もう1つは身体のどこにも原因が見当たらない感覚・情動体験であっても、これを痛みと認めて動物の苦しみに理解を示すべきであるということになります。また、言葉でコミュニケーションできない動物であっても、痛みを感じる可能性、痛みの緩和の必要性を否定するものではないこと、痛みは常に主観的であるということも頭に入れておく必要があります。

要するに、『痛い』という感覚は主観的であるため、感じ方・感じる程度は個々で大きく異なり、言葉でコミュニケーションがとれない動物であっても、痛みがあるかどうか、痛みを感じているかどうかわからない=痛くない。というように考えてはならないということです。

しかし、不快で体や心にダメージを与える痛みにも、生体にとって重要な役割があります。もし、痛みを感じなければ…転びそうになったときに受け身をとったり、犬に咬まれそうになったときに手をひっこめたり、車にひかれそうになったときに咄嗟に逃げたり、というような行動を抑制してしまいまい、生体にとって非常に危険な状態になります。このようなことから、『痛み』は生命を守る重要な感覚であることが理解できると思います。

次回に続きます。


No.48 EBM (Evidenced Based Medicine)

EBM (Evidenced Based Medicine)とは『エビデンスに基づく医療』のことを言います。エビデンスとは簡単に言えば『根拠』のことです。実験や調査の統計を基に、科学的根拠のある治療をすることをEBMと言います。

エビデンスの例を挙げると、この病気にこの治療をすると何%は治癒する。この病気の死亡率は何%だ。この薬は何%の患者さんに効果的だった。などと、数字で表されるものです。わかりやすく、一見、説得力があるので我々も多用する言葉です。

しかし、全ての病気に対して、しっかりしたエビデンスが用意されているわけではありませんし、統計学というのは数字のマジックを作りやすいものです。例えば、製品になっている薬に対してのエビデンスはたくさんあるでしょうが、2種類の薬を同時に使ったエビデンスはガクッと減ります。3種類だと実験や調査をするだけでも途方もない時間とお金が必要でしょう。4~5種類だとエビデンスがある場合が特殊です。また、何百例もの結果が揃う場合は良いですが、全ての場合で多くの数が揃うわけではありません。たまたま、数例で上手く行ったことが、その他大勢の結果と結びつかないことがあるのは当たり前です。また、製薬会社が多くの時間とお金を使って開発した薬を、多くのお金を支払って臨床現場で調査する場合、良い結果に傾くこともあるかもしれません。病気が2つ、3つ同時にある場合のエビデンスもほとんどありませんし、抗癌剤を使う場合なども、1度目の再発、再燃までは、エビデンスがある場合もありますが(少ないですが)、2度目の再発に関しては、エビデンスはほとんどありません。今、出したいくつかの例は、ヒトの医療の場合ですので、当然、動物に対してのエビデンスはその何十分の一となります。また、品種によってのエビデンスは、多くの場合存在しません。

誰しも自分の動物たちに、きちんとした科学的根拠がある治療を受けさせたいというのは当然のことですし、我々も診断、治療がガイドライン通りに進めば、非常に楽でストレスも減ります。しかし、エビデンスがない治療はしないとなると、多くの疾患が治療できないことになります。しっかりしたエビデンスを多く積み上げていくことは、現代医学、獣医学にとって重要なことだと思いますが、上記のような問題もまだまだ多いのが現状です。エビデンスはきちんと理解して使用することが必要だと考えます。


No.47 狂犬病予防注射について

3月の西区の広報をご覧になった方はお気づきかもしれませんが、西区から依頼され、狂犬病予防注射の啓蒙文を書かせていただきました。が、紙面の都合上、かなり、割愛されてしまったので、去年のメルマガの内容とも重複するところもありますが、もともとの全文をご紹介させていただきます。

日本の犬では50年以上狂犬病の発生の報告はありませんが、なぜ、そんなに長い間発生がない病気の予防注射を毎年しなければならないのでしょうか?理由を挙げてみます。

1.海外では、アジアを中心にいまだに毎年多くの死者が出ています。2008年の数字ですが、インドで20000人以上、中国で2000人以上の人たちが狂犬病で亡くなっています。

2.発症すると、神経症状、脳炎症状を呈し、致死率がほぼ100%の病気です。人の場合は、発症する前ならば、狂犬病ワクチン、抗狂犬病免疫グロブリンを用いた暴露後免疫療法を行うことによって救命できる可能性が高いといわれていますが、現在、日本で抗狂犬病免疫グロブリンの入手は困難です。また、犬に限らず、狂犬病が疑われる動物の治療は法律で禁じられています。

3.げっ歯類以外のほとんどすべての恒温動物(哺乳類、鳥類)が感受性を持っています(アメリカではコウモリからの人への感染が問題となっています)。これだけ、海外との交流がさかんな現代社会では、狂犬病に羅患している動物が、いつ、日本国内に入ってくるかわかりません。

4.統計学上、70%以上の犬が抗体を持っていると、ウィルスが国内に侵入しても大流行しないそうです。しかし、日本での狂犬病のワクチンの接種率の実際は50%以下だといわれています。

5.法律だから…

以上が主な理由でしょうか。横浜市では、毎年100件前後の咬傷事故の届けがあります。届けられていないものを含めれば数倍の件数になるでしょう。狂犬病は発症してからだと治療は間に合いませんので、国内に狂犬病ウィルスの常在を許せば、咬傷事故のたびに暴露後免疫療法が必要となります(法的に犬をはじめ動物には治療さえ出来ません)。いうまでもなく病気は予防が1番大切です。集合注射という形態が現代と合わなくなって来ている側面があるということは否めませんが、海外では使用されているような、数年に1度で良い信頼性の高いワクチン、抗狂犬病免疫グロブリンの製造、認可や、なにより、狂犬病の発生の全世界的な衰退が認められるまでは、生後90日以上で健康なワンちゃんには、毎年、狂犬病予防注射を受けさせて下さい。集合注射ででも、かかりつけの病院ででも構いません。

また、病気の治療中、高齢犬、妊娠犬、他のワクチンを接種したばかり、発作を起こしたことがある、注射で副反応を起こしたことがある、というような場合は、必ずかかりつけの病院の獣医さんとご相談下さい。

最後に蛇足ですが、動物を飼っている方々は『世の中には動物嫌いの人もたくさんいらっしゃる』ということを忘れてはいけないと思います。動物嫌いの人たちからすれば、「そんなに危険な病気の可能性が少しでもあるなら、犬なんて飼わないでくれ」などということになりかねません。犬と暮らすためには、狂犬病予防注射接種も社会人として責任の1つだと思います。

以上が、1月の下旬に書いたものの全文です。その後、本当に最近の話ですが、大分大学から狂犬病のウィルスを破壊できるスーパー抗体酵素を開発したという発表がありました。実用化までは、まだまだ、多くのハードルをクリアしなければならないでしょうが、世界中の多くの人や動物が救われると良いですね。本当に、医学は日進月歩です。