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No.102 前十字靭帯断裂 1 Cranial Cruciate Ligament Ruputure (CrCL)

犬の整形外科疾患で一番多いのが前十字靭帯断裂です。ヒトではサッカー選手やスキーの選手がよく前十字靭帯を痛めますが、犬でも小型犬から大型犬まで非常によく起こります。猫でもまれにみられます。

膝の上には太ももの骨、大腿骨が、下には脛の骨、脛骨があります。それぞれの骨の末端は軟骨で覆われており、間には半月板と呼ばれるクッションの役割をするものが挟まっています。大腿骨と脛骨は5つの靭帯でつながっており、最も太いのは膝のお皿(膝蓋骨)を介して前方にある膝蓋靭帯で、膝の内外側に一つずつ安定させるために内側側副靭帯と外側側副靭帯があります。さらに膝の中には前後の安定のために交差するように2つの靭帯があり、大腿骨の前方から脛骨の後方についている靭帯を後十字靭帯、大腿骨の後方から脛骨の前方についている靭帯を前十字靭帯といいます。前十字靭帯は大腿骨に対して脛骨が前に飛び出さないように制限する重要な靭帯です(図参照)。

事故や激しい運動などによって急激な圧力が加わることが、前十字靭帯断裂の原因となります。急な運動も原因となることがあります。膝蓋骨亜脱臼がある場合は前十字靭帯損傷を併発しやすいといわれています。また、老化による靭帯の脆弱化や、肥満による膝関節への負担の増加も要因です。遺伝的要因もあります。

前十字靭帯が損傷すると痛みが生ずるため、足を上げたままケンケンで歩いたり、ひきずったりしてその足に体重をかけようとしなくなります。非常に軽い損傷であれば、ほとんど見た目にはわからないこともあります。軽い損傷であれば数日でその症状は消えますが、同じように足を使いつづけていれば完全に切れてしまうこともあります。もし完全に切れてしまうとその足は体を支えることができなくなってしまい、膝は正しく曲げ伸ばしをすることができなくなってしまうため、半月板が損傷して強い痛みが生じたり、通常と異なる方向に力がかかるようになるため関節が変形してくることもあります。
次回は前十字靭帯断裂の診断と治療の話です

犬の膝関節の模式図(内側側副靭帯と外側側副靭帯は省略)


No.101 気管虚脱と軟口蓋過長症2 (Tracheal collapse、Elongated soft palate)

気管虚脱との合併症で多いのは、軟口蓋過長症です。軟口蓋というのは上顎の一番奥にある柔らかい部分です。ヒトではこの部分にノドチンコ(口蓋垂)があります。軟口蓋過長症はこの軟口蓋が長く厚くなり気管の入り口の喉頭蓋に被って空気の通りの邪魔をする状態です。好発犬種はブルドッグ、パグ、ボクサーなどの短頭種、キャバリア、ヨークシャー・テリア、マルチーズ、チワワなどにもみられます(気管虚脱の好発犬種と被ります)。やはり猫では稀です。軟口蓋過長症があると気道抵抗が増して気管虚脱を悪化させます。

軟口蓋過長症の特徴的な症状はいびきです。短頭種の犬でいびきの大きい犬は軟口蓋過長症を持っている場合がほとんどです。重症例ではチアノーゼや失神を起こすこともあります。

気管虚脱、軟口蓋過長症の治療は症状の重症度によりますが、急性の場合は、まずは酸素吸入が効果的です。薬剤としては、鎮咳剤、去痰剤、気管支拡張薬、ステロイド剤、鎮静剤などが使われますが、もともとが解剖学的な問題である病気なので外科的治療を選択する場合も多くあります。外科的治療の第一歩は、気管虚脱の犬すべてが軟口蓋過長症を持っているわけではありませんが、軟口蓋過長症をもっている犬に対しては軟口蓋の外科的矯正です。この手術は気管虚脱の手術に比べて短時間(通常15分程度)で行え、犬の負担も軽いです。この手術だけで気管虚脱の症状も改善される犬は多くいます。しかし、軟口蓋の矯正を行っても症状が軽減されなかったり、軟口蓋過長症を持っていない気管虚脱の犬で症状が重い場合は気管矯正術を行います。この手術は時間もかかり(通常3時間程度)犬の負担も大きいです。

当院では気管虚脱の内科的治療にホメオパシーを使用して良い結果が得られています。また、軟口蓋過長症を持っている犬に対しては去勢・不妊手術や歯石除去などを行うときに一緒に軟口蓋矯正術を行うことを推奨しております。また、このような呼吸器系の病気を持っている場合は高温多湿の時期や肥満は症状を悪化させるので、とくに注意が必要です。


No.100 気管虚脱と軟口蓋過長症1 (Tracheal collapse、Elongated soft palate)

気管は上気道(外鼻腔、鼻腔、咽頭腔、喉頭)と下気道(気管支、細気管支、肺胞)を接続する適度な硬度と柔軟性を兼ね備えた筒状の導管です。この気管が硬度を失い潰れてしまうのが気管虚脱です。気管はC状の気管軟骨が輪状靭帯によって結合していて、背側面は2層の平滑筋からなる膜性壁によって構成されています。正常な状態では軟骨が9割、膜性壁は1割の割合です。気管虚脱はこの軟骨の脆弱化と膜性壁の下垂という2つの要素からなり(とくに前者が重要です)、ステージによってさまざまな狭窄を呈します(グレードI:正常の内腔より25%の内腔の減少、II:50%の減少、III:75%の減少、IV:75%以上の減少)。原因は解明されておらず、犬における発生は、ポメラニアン、ヨークシャー・テリア、トイ・プードル、マルチーズなどのトイ種に多いですが、ゴールデン・レトリーバー、ラブラドール・レトリーバーなどの大型犬、柴犬などの日本犬種とそのMix種にも発生がみられます。発生年齢も1~17歳とさまざまで、雄の発生がやや多いといわれています。猫では稀な疾患です。

症状は発咳と重症になった時の呼吸困難やチアノーゼ、失神です。初期の段階での咳は「カッカッ」「ケッケッ」などの乾性で喉に何か詰まってる、痰が上手く出ないような状態に見えます。発咳は一時的で、飲水時や興奮時、運動や高温多湿な環境によって誘発されます。続いた咳の最後に「カ~ッ」と痰を切るような仕草で終わることも特徴です。気管内の分泌物が多くなると湿性の咳変わってきます。虚脱が重度になると発咳は悪化して頻繁となり、気管虚脱の典型的な症状の1つの『ガチョウ鳴き様発咳:Honking cough』が起こります。これは伸長した膜性壁が速い呼吸によって振動して生じる、あたかもガチョウが鳴いているような「ガーガー」という大きな呼吸音です。この咳が出てくるとグレードIII以上の状態です。

診断は、前述の発咳の臨床症状と触診による発咳テスト、聴診、レントゲン検査によって行います。正確なグレード分類には気管内支鏡の検査も必要ですが、診断には通常は必要ではありません。

次回に続きます。


No.99 第14回飼主様向けセミナー

先日開催した第14回飼主様向けセミナーに参加いただいた皆様、本当にありがと うございました。今回は、米国獣医脳神経専門医の金園晨一先生に脳神経のお話をお願いしました。脳神経の基礎的なことと、主に椎間板ヘルニア、癲癇のお話 でしたが、有意義な時間になったでしょうか?

アンケートの質問の部分で、お名前のない方が数人いらっしゃいましたので、診察の時にでも おっしゃっていただければお答えしたいと考えております。また、ご要望の部分では、老齢動物のことを聞きたい。猫の話をして欲しいというご意見が複数あり ました。どういう形になるかはわかりませんが、今後、検討して、ご連絡したいと考えております。よろしくお願いします。


No.98 歯周病2 (Periodontal disease)

猫の吸収性病巣について簡単にご説明します。正しくは破歯細胞性吸収病巣といい、破歯細胞により歯が進行性に吸収される病変です。以前は齲歯だといわれていましたが、現在では違う病態だということが明らかになっています。ネックリージョンとも呼ばれています。症状としては、食欲低下、沈うつ、嚥下障害、口臭、疼痛などといわれていますが、経験上は、多くの場合吸収された部分が歯肉や肉芽組織で覆われているので無症状の猫が多いですが、病態が進めば前述のような症状がでてきます。原因としては、機械的刺激、免疫異常、Ca代謝の異常、栄養、炎症などが考えられていますが、よくわかっていません。

歯周病の治療のためには、歯石の除去や場合によっては抜歯が必要になります。歯石をきちんと除去するためには、動物の場合はほとんどの場合全身麻酔が必要となります。無麻酔での処置は歯の裏側やポケットの歯石がきちんと除去できませんし、前述のように骨が薄くなっている場合などには骨折や瘻管を作ってしまうおそれがあります。また、経験上、大きな歯石を除去すると腫瘍がある場合もあります。抜歯に関していえば無麻酔で歯を抜かれるなんて考えたくもありませんよね。

このような状態にならないように、日ごろのデンタルケアは重要です。最も基本的で効果があるのはやはり歯磨きです。しかし、いきなり歯ブラシを用いても犬や猫は嫌がります。最初はコミュニケーションの一環として、口の周りを触るのに慣れさせるところからはじめます。通常行っているブラッシングや頭をなでたりするとき、シャンプーのときなどに少しずつ口元にも触っていきます。そのときに口元を触らせたら誉めてあげたり、少量のおやつを与えます。それができるようになったら唇を反転させ口腔内に指を入れて歯の表面を触れることに鳴らしていきます。その次は歯の裏側を触られることに慣れてもらうというようにと少しずつ進めていきます。

口の中を触らせてくれるようになったら、まずはガーゼなどを指にまいて軽く歯をこすってみましょう。これが可能になったらいよいよ歯ブラシです。犬も猫もヒトに比べて歯の表面のエナメル質が薄いのでなるべく柔らかい歯ブラシを使用してください。ペーストは発泡剤の入っていないものを使っていただいても良いのですが、キシリトールの入っているものは絶対に使用しないでください。低血糖、肝障害を起こします。その他の口腔衛生商品、口腔内スプレー、口腔内洗浄剤、歯石付着予防療法食、デンタルガム、歯磨きガムなどはあくまでも歯ブラシによる歯磨きに併用するおまけだと考えてください。どんなに一生懸命に歯磨きをしても数年に1度は歯石を取る必要がでてきます。あまりひどい歯周病になる前に対処してあげてください。


No.97 歯周病1 (Periodontal disease)

3歳以上の犬猫のほとんどが歯周病であるといわれています。ヒトも犬も猫も口腔内環境は口腔内細菌と生体の組織防御機構の均衡によって維持されているのは同じですが、その環境は大きく異なります。

ヒトでの口腔内2大疾患は歯周病と齲歯(虫歯)ですが、犬では歯周病が多く齲歯は稀です。猫ではやはり歯周病が多く齲歯の発生はこれまで報告がありませんが歯の吸収性病巣は近年多くみられます。

歯周病がなぜ起こるかを考えてみましょう。歯周病は最初に唾液由来の糖タンパクが歯面に付着することでベリクルという被膜が形成され、その上にグラム陽性球菌が付着することから始まります。また、歯石も大きな原因の1つです。歯石は唾液中の炭酸カルシウムとリン酸カルシウムが歯垢の中に取り込まれ石灰化して歯石に変化します。犬猫の口腔内はpH8~9のアルカリ性(ヒトはpH6.5の弱酸性)のため、歯垢が歯石に変化しやすいと考えられています。犬では3~5日で、猫では1週間で歯垢が歯石に変化するといわれています。細菌や歯石の刺激で口腔内に炎症を生じると、歯肉辺縁より根尖部のいわゆるポケット(歯茎の裏側)の部分に歯石が入り込みます。この歯周ポケットは自浄作用を受けにくく細菌が停滞しやすくなります。このポケットの部分には嫌気性菌が優勢となり、様々な細菌が産生する代謝産物、酵素、内毒素などが歯肉に侵入し炎症を起こします。

ではなぜ、犬猫に齲歯がみられないのでしょうか。大きな理由は3つあります。まずは、そもそも歯の形態が違うこと、ヒトと違い犬猫の歯は短時間で採食するのに都合よくできており、隣どうしの歯の密着がヒトと比べると少なく、齲歯の原因となる細菌が歯の間に溜り辛いことになります。2つ目は、口腔内で歯周病を起こす細菌と齲歯を起こす細菌が違うことです。歯周病の細菌は前述のように各種の嫌気性菌で、齲歯の原因菌はStreptococcus mutans,Lactbacillusなどです。3つ目も前述の口腔内のpHです。酸性の環境では糖が口腔内にとどまりやすくなるため齲歯になりやすく、アルカリ性の環境だと齲歯にはなりにくのですが石は付きやすくなるといえます。

それでは歯周病を放置するとどうなるのでしょうか?まずは口臭の問題があります。ヒトの研究では、見えない審美として、快適な生活を送るうえで口臭は形態的な審美以上にQOLに与える影響は大きいという結果があります。口臭には大別すると生理的口臭と病的口臭があり、生理的口臭は口腔内を不潔にしていることや唾液分泌との関連(起床時に口の中が乾いている時や空腹時の口臭)が指摘されており、病的口臭は歯周病、口腔内腫瘍、口内炎によるものです。歯周病による口臭をしっかり除去するためには、ポケットの歯石を取らないと十分でないという研究データもあります。歯周病が進行すると歯周炎から根尖に病変が拡大していきます。歯の根っこが化膿して眼の下の皮膚に瘻管を作ったり(根尖部膿瘍)、犬の口腔と鼻腔を隔てている上顎骨の厚さは1~2mmしかないので、上顎歯の歯周病によってこの上顎骨が破壊されると口鼻瘻管となり鼻血がでたりします。また、小型犬では下顎の歯槽骨の重度の骨吸収が原因で歯周病性下顎骨折が起こる場合があります。この骨折は骨に細菌感染、炎症が生じているため非常に治り辛いです。また、ヒトの方でもいわれていますが、歯周病に関与するグラム陰性桿菌、内毒素、サイトカインなどの炎症性介在物質が全身循環に入り、心臓、肝臓、腎臓などに悪影響を起こします。

次回は猫の吸収性病巣と、歯周病の治療・予防の話です。


No.96 ノロウィルス (Norovirus)

冬になると「ノロウイルスはヒトから動物にもうつりますか?」という質問をよく受けます(動物からヒト、ではないところが素晴らしいと思います)。ノロウイルス感染症は、ヒトノロウイルスがヒトの小腸で増殖して引き起こされる急性胃腸炎で症状は下痢や嘔吐ですが非常につらいです。特に冬の時期に猛威をふるいます。

一昔前までは食中毒といえば食品の傷みやすい夏のものでした。しかし、ヒトノロウイルスの場合は傷んでいない食品を食べて下痢や嘔吐を起こすという昔の常識と違う形の食中毒です。

ヒトノロウイルスは患者さんの便の中にいてトイレから下水処理場へ行きます。日本の下水処理場の施設・能力は世界的に見てもとても優秀ですが、今はまだヒトノロウイルスを取り除くことができません。取り除かれないヒトノロウイルスは淡水・海水でも生きられるので下水処理場から川・海へ流され二枚貝の体内に侵入します。二枚貝に対してヒトノロウイルスは悪さをしないので感染した二枚貝は見た目は健康で新鮮なまま我々の食卓に並びます。つまり、ヒトノロウイルスを防ぐには冬に二枚貝を食べないか火を通したものだけを食べるしかありません。

ヒトノロウイルスは現在のところ培養細胞での増殖や実験動物への感染が成功しておらず、ヒトが唯一の感受性動物と考えられています。つまり、ヒトの流行があっても犬や猫に伝播して流行を引き起こすことはありません。また、同時にヒトから犬や猫、ウサギ、ハムスター、フェレット、小鳥にもうつらないと言えます。なお、これまでにウシのノロウイルス、ブタのノロウイルスが報告されています。しかし、これらの動物ノロウイルスがヒトに感染するという報告はなく、今のところヒトに感染し、流行を起こすのはヒトノロウイルスだけと考えられています。冬に牡蠣、はまぐり、ホタテ、あさり、シジミなどの二枚貝を食べるときは煮たり焼いたりしたものにしましょう。


No.95 腫瘍4 (Tumor) 悪性腫瘍の治療

一般的にはステージIIまでは完治を目指すことが可能ですが、ステージIII以上となると、残念ですが完治の可能性が低くなります。ヒトでも動物でも、がんで亡くなる場合、そのほとんどの原因は餓死です。ステージIII以上の悪性腫瘍でも完治は困難でもQOL(生活の質)を下げない治療は行います。

がんの3大治療は、手術、放射線治療、化学療法(抗がん剤)です。しかし、ヒトでもそうですが、リンパ腫などの一部の独立円形細胞腫瘍を除き、癌腫や肉腫のいわゆる固形癌を、早期の手術以外で完治させることは困難です。がんの種類によりますが、基本は早期発見をして早期に広範囲な切除をすることが望ましいのは言うまでもありません。

大きさや手術困難な場所の腫瘍によっては放射線治療はとても良い治療法です。ただし、動物に対しては出来る施設が限られていること、通常、複数回の処置が必要になりますので、全身麻酔の問題とコストの問題があります。

化学療法(抗がん剤)は、リンパ腫などの一部のがんには効果的ですが、前述したように、癌腫や肉腫のいわゆる固形癌を完治させることはできません。そして、抗がん剤は概ね高価です。また、動物ではヒトほど副作用が出ないといわれていますが、はたして本当でしょうか?個人的には、痺れや味覚障害などの様々な不快感は、間違いなく動物も感じていると思います。前述したように、がんで亡くなる場合、そのほとんどが餓死です。QOLを下げる様な抗がん剤の使い方は結局寿命を縮めます。現在では、副作用を減らし、がんと共存をはかる抗がん剤の使い方(メトロノーム療法)もあります。

また、様々な代替医療も用いられます。漢方薬は証が合うと良く効きます。アガリクス、メシマコブなどは有名ですよね。当院ではホメオパシー、サイマティクスなどを推奨しております。これらもエビデンスはないですが、上手く利用すると非常に良い効果があります。

腫瘍マーカーなどが一般的でなく、MRIやCT、内視鏡の検査にも多くの場合麻酔が必要な動物では、がんを早期に発見するのはヒトに比べてかなり困難です。しかし、皮膚の腫瘍や麻酔のいらない簡単な検査(超音波検査やレントゲン検査、血液検査など)でわかるものは、毎日の観察、健康診断などによって早期に見つけたいものです。


No.94 腫瘍3 (Tumor) 悪性腫瘍の進行度

今回は悪性腫瘍の進行度のお話です。少し難しいです。

WHO(世界保健機関)が採用している悪性腫瘍の進行度を評価する目的で規定された分類方法がTNM分類です。TNMとは、

TTumor(腫瘍);原発腫瘍の状態(大きさ、広がり)

N:Lymph Node(リンパ節);領域リンパ節の状態(リンパ節への転移の有無)

MMetastasis(転移);遠隔転移の有無

Tは原発腫瘍の大きさや広がり(浸潤)の程度によってT1からT4の4段階に分類します。

Nはリンパ節転移がないと判断されたものをN0と表しリンパ節転移の進行度(どこのリンパ節まで転移しているか)でN1~N3の3段階に分類します。

Mは遠隔転移(肺転移、肝転移など)がなければM0転移が認められればM1と表され、何かの理由で遠隔転移の評価が不可能な場合はMxとされます。

悪性腫瘍の進行度を評価する基準には、もう1つ臨床病期分類があります。悪性腫瘍の進行度をステージI~IV(腫瘍によってはV)までの4期(腫瘍によっては5期)に分類し、進行度を評価します。

一般的な臨床病期分類は

ステージI:腫瘍が局所に浸潤

ステージII:腫瘍が周辺組織、リンパ節内に浸潤

ステージIII:ステージIIより広範囲に浸潤

ステージIV:遠隔転移が存在

さらにサブステージ分類というものがあり、臨床症状が特にないものはサブステージa、臨床症状があるもの(下痢、嘔吐、食欲不振など)はサブステージbに分類します。

サブステージ分類

サブステージa:臨床症状なし

サブステージb:臨床症状あり

上記のTNM分類を臨床病期分類の1つの指標として用いる場合もありますが、TNM分類がない腫瘍もあり、すべての臨床病期分類にTNM分類が用いられているわけではありません。臨床病期分類は、治療法の選択、予後の予測に有用です。

また、よく混同されている言葉に完治寛解があります。完治は『すべてのがん細胞が根絶されていること』、完全寛解(CR)とは『詳細な検査を行ってもがん細胞が検出出来ない状態』で、がん細胞が1g以下の状態です。1gのがんには約10億個のがん細胞が含まれていると言われているので完治とは大きく違います。また『治療により腫瘍は小さくなったが、検査では一部病変が残存している状態』を部分寛解(PR)、『病変の進行が認められる場合』を進行性病変(PD)、『部分寛解と進行性病変の中間の病変』を維持病変(SD)と呼びます。また、完全寛解(CR)に部分寛解(PR)を加えたものを奏効率と呼びます。

WHOでは

測定可能な病変が50%以上縮小した状態を部分寛解(PR)

50%未満の縮小から25%未満の増大を維持病変(SD)

病変の25%以上の増大・進行を進行性病変(PD)

と定めています。

しかし、最近ではRECIST(Response Evaluation Criteria in Solid Tumors )の評価が基準になりつつあります。WHOとRECISTの違いは、腫瘍の大きさの測定法、部分寛解(PR)と進行性病変(PD)です。

腫瘍の大きさの測定法:WHO;2方向から測定 RECIST;最長径を測定

完全寛解(CR):WHO;病変なし RECIST;病変なし

部分寛解(PR):WHO;50%以上縮小 RECIST;30%以上縮小

維持病変(SD):WHO;PR<病変

進行性病変(PD):WHO;25%以上の増大 RECIST;20%以上の増大

次回の治療の話で最後です。


No.93 腫瘍2 (Tumor) 悪性腫瘍の分類

腫瘍は発生部位によって、上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍に分類されます。皮膚や粘膜から発生する悪性腫瘍を上皮性腫瘍といい癌腫と呼ばれます。胃癌、乳腺癌、扁平上皮癌、膀胱移行上皮癌などです。皮膚、粘膜以外の部位から発生するものを非上皮性腫瘍と呼び、悪性の非上皮性腫瘍はさらに、骨、筋肉、神経から発生する肉腫と、主に血液細胞から発生する独立円形細胞腫瘍に分けられます。肉腫の例としては骨肉腫、軟部組織肉腫などがあり、独立円形細胞腫瘍の例はリンパ腫、肥満細胞腫などです。また、明確に定義されているわけではありませんが、一般的に、ひらがなの『がん』は悪性腫瘍全体(癌腫、肉腫、独立円形細胞腫)を指します。漢字の『癌』は癌腫を意味します。

悪性腫瘍、すなわちがんは、我が国において昭和56年よりヒトの死因の第1位です。厚生労働省の発表では、現在日本人は年間100万人強が死亡しており、そのうちの34万人ぐらいが、がんで亡くなっています。約3人に1人です。また、生涯のうちにがんにかかる可能性は男性の2人に1人、女性の3人に1人と推測されています。

高齢化が進んでいる動物にも同じような兆候がみられます。アメリカの統計ですが、現在、犬で2頭に1頭、猫で3頭に1頭が、がんで亡くなると言われています。

がんは一般的には高齢の動物に発生しやすいですが、例外もあります。

・猫白血病ウィルスに感染している猫は若齢でも悪性腫瘍を発症する

・ミニュチュア・ダックスフントの消化器型リンパ腫の発生は平均3歳である

・骨肉腫、横紋筋肉腫は若齢でも発症する

・6ヶ月未満の犬では、脳腫瘍、血液の腫瘍の発生率が高い

などです。

また、これもアメリカの統計ですが、特定の犬種が悪性腫瘍を発症する可能性が高いことが報告されています。ゴールデン・レトリーバー、ボクサー、ジャーマン・シェパード、ラブラドール・レトリーバー、ロットワイラーです。

続きます。