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No.52 食欲不振

食欲不振は様々な原因によって引き起こされます。重大な疾病であることもあります。一般的にはいろいろな病気の初期症状として現れます。食欲不振の症状のみで原因を特定することは困難な場合が多いのですが、まずは、最初のステップとして『病気が原因ではなく食べない状態』なのか『食欲がなくて食べられない状態』なのか『食欲はあっても食べられない状態』なのかを考えます。

『病気が原因ではなく食べない状態』というのは、普段から与える食事が多過ぎる場合や、選り好みの多い場合、急な食事の変更、運動不足、ストレス(ストレスは心の病気ですが)になるような環境の変化(新しい動物が来た、結婚などでヒトの家族が増えた、引越し、別離、離婚、死別)などが原因です。

『食欲がなくて食べられない状態』には、内臓系の疾患を含め多くの原因が存在します。まずは、急性なのか慢性的に食欲がないのかを判断し、他の症状(とくに体重減少、脱水、嘔吐、下痢、発熱、神経症状などは重要です)や、その動物の品種や病歴をよく吟味します。よくある原因としては、脳神経疾患、嗅覚の消失、痛み、各種臓器(心、肺、腎、肝、膵、脾、胃腸、血液)の疾患、感染・炎症、腫瘍、中毒、内分泌疾患、寄生虫などがあります(ほとんどの病気ですね)。

『食欲はあっても食べられない状態』という中で最もよく見られるのは、歯石が溜まり過ぎてひどい歯肉炎が起こり、口が痛くて食べられない場合です。この場合は悪臭と流涎が見られます。また、顎の骨折、咀嚼筋の異常や三叉神経麻痺などの口腔野の運動障害も原因となる場合があります(嚥下障害)。前庭障害などにより眼振が起こってしまった時もこの状態になります。

どの状態においても、必要に応じて、血液検査や尿検査や便検査、レントゲン検査や超音波検査、内視鏡などの検査を考慮します。これらを総合的に判断して原因を探します。治療法は原因、重症度によって変わりますが、どのような病気でも、早期に発見出来れば治癒率が高いことは言うまでもありません。


No.51 痛みについて3

動物の痛みの分類をしてみます。

性質による分類

・急性痛:障害、損傷によって認められる痛み。鋭く激しい。

・慢性痛:長期間持続している痛み。ズーンと痛い。じわっと痛い。

・癌性疼痛:癌やその治療に関連して生じる痛み。急性、慢性両方の性質を持ち、強い痛みが長期間持続する。痛みを完全に取り除くことが困難。

部位や原因による分類

・体性痛:骨、関節、皮膚などの損傷による痛み。鋭く疼くような痛み。急性痛とほぼ同じ。

・内臓痛:内臓を引っ張ったり、膨らませたり、炎症による痛み。ズキズキ、シクシクなどと表現されます。

・関連痛:実際には障害を受けていない部位や痛みの原因となっている部分から離れている場所で感じる痛み。深い部分の体性痛や内臓痛から引き起こされ、ゆっくりと進行します。

・異痛:軽くなでたり触ったりする程度の、通常は痛みにならないような刺激を痛みと感じてしまうこと。急性痛や体性痛がきちんと治療されていなかったり、軽い痛みが繰り返し加えられると起こることがあります。

・筋筋膜痛:硬直や筋痙攣、こわばり、関節の可動性の減少などと関連して、筋肉や筋膜、周囲組織に生じる痛み。

・神経性疼痛:神経への直接的な障害による痛み。激しくズキズキした痛み。

痛みにもいろいろな種類がありますね。最後に、痛みの客観的な測定法をご紹介します。いくつかの種類がありますが、『動物の痛み研究会』が作成した急性痛のペインスケールが良くまとまっています。いつもと様子が違って、以下のような症状が見られたら、お早めにご相談下さい。

犬の急性痛のペインスケール

レベル0:痛みの徴候は見られない。

レベル1(軽度の痛み):ケージから出ようとしない。逃げる。尾の振り方が弱い。人が近づくと吠える。反応が少ない。落ち着かない。寝てはいないが目を閉じている。元気がない。動きが緩慢。尾が垂れている。唇を舐める。術部を気にする。ケージの入口に尾を向けている。

レベル2(軽度~中程度の痛み):痛いところをかばう。第3眼瞼の突出。アイコンタクトの消失。自分からは動かない。じっとしている。食欲低下。耳が平たくなっている。立ったり座ったりしている。

レベル3(中程度の痛み):背中を丸めている。心拍数増加。攻撃的になっている。呼吸が速い。間欠的に唸る。震えている。頬に皺をよせる。体に触れると怒る。流涎。横になれない。過敏。術部を触ると怒る。

レベル4(中程度~重度の痛み):持続的・間欠的に泣き喚く。全身の硬直。持続的に唸る。食欲廃絶。眠れない。

猫の急性痛のペインスケール

レベル0:満足していて静か。快適。周囲に興味がある。術部や体に触れても痛がらない。

レベル1(軽度の痛み):症状は微妙。引きこもり。周囲に興味がない。触診に反応したり、しなかったり。

レベル2(軽度~中程度の痛み):丸まって寝ている。被毛は粗剛。食べ物に興味なし。触診に対して攻撃的に反応したり、逃げたりする。

レベル3(中程度の痛み):物悲しく鳴く。動こうとしない。触診に対して唸ったりシャーという。

レベル4(中程度~重度の痛み):周囲に反応しない。ケアを受け入れる。触診に反応しない。


No.50 痛みについて2

前回、痛みは生命を守る重要な感覚であるということをご説明しました。では、痛みを取り除く必要はないのでしょうか?実は、一昔前まで、動物の痛みは取り除く必要はないという考え方が一般的でした。お腹を開けるような大きな手術をしたあとに、すぐに立ち上がって歩き回ったり、ヒトなら気絶しそうな大怪我を負っていても食欲があったりする動物たちの姿をみて、動物は痛みに強い。痛みを取らない方が少しは大人しくしていて怪我の治りも早くなるから痛みを取る必要はない。などと考えられていました。しかし、現在ではそのようなことはありません。たしかに、痛みがあれば動物は大人しくしてくれるため、手術の傷口などには安心感はありますが、痛みがあることによって様々な生体への不利益もあることがわかってきています。主なものをご紹介します。

・感覚的側面:気力の低下、不安感→痛みの感覚の増強

・呼吸器系:肺活量低下、肺のふくらみやすさの低下→換気量の低下

・循環器系:交感神経の緊張→心拍数・血圧の上昇、心臓への負担の増加

・内分泌系:コルチゾールの分泌促進→ストレス反応の促進、心拍数・血圧の上昇

・代謝:異化亢進→栄養状態不良、痩せる、傷の治りが遅くなる

・その他:食欲低下、活動性の低下、血液凝固能の促進→血栓形成の危険性の増加

上記以外にも多くの理由が証明されてきていますが、そんなことよりも、痛いのはかわいそうですよね。痛いままにしておくのではなく、動物の痛みも取ってあげなければなりません。5年ほど前から、動物用の良い鎮痛剤が多くのメーカーから発売されています。現在では、手術をするときに、鎮痛剤を投与しないで行うことは全くと言って良いほどありませんし、関節炎やお腹の痛みなどの場合にも、鎮痛剤は積極的に使用します。ただし、ヒト用の鎮痛剤をそのまま動物に使用すると、まずい場合が多々あります。ご注意下さい。

痛みの感じ方をもう少し詳しく見て行きましょう。まずは、タンスに足の小指をぶつけてしまったときのことを想像してみて下さい(想像するだけで痛いですよね)。このとき、足の小指と周辺の組織は、ぶつかった衝撃で障害され、その障害がそこにある神経に伝達されます。この組織に障害を与える刺激を『侵害刺激』と呼び、その障害を受ける場所を『侵害受容器』と呼びます。『侵害刺激による侵害受容器の刺激』が傷みを感じる第一歩です。次に、ぶつけたことによって生じた侵害受容器の刺激の情報は、神経を通って伝わって行きます。ぶつけた指の周辺の神経からの刺激は脊髄(背骨の中の神経)の中に入り、大脳に伝達されます。大脳へ向かう途中、延髄、中脳を経由します。そして、大脳に伝達された刺激は、大脳新皮質感覚野に入り『痛いっ!』と認識されます。

このように、ぶつけた衝撃により神経が刺激される→刺激された神経の情報が伝達される→脳へ到達した刺激が感覚として認識される。という流れが、痛みを感じるメイン経路です。同時に、ぶつけた小指は腫れたり熱を持ったりしていきます。これは、ぶつけた衝撃で、小指とその周辺の組織に炎症性メディエーターといわれる化学物質が出るためです。こちらも、最初の刺激のように大脳に伝達されます。今度は伝達される神経の種類が異なるため、ぶつけたすぐあとではなく、少し経ってからジワジワと痛いと感じることとなります。

痛みを感じると、さすりたくなりますよね。そのときに、ぶつけた部分だけでなく、周囲もさすってしまうのはなぜでしょうか?これは、さすることにより痛みの伝わる感覚をごまかしているのです(ゲートセオリーと言います)。さすることで痛みの刺激が脊髄に入ることを押さえ、さすることによる振動で大脳での痛みの感覚の認識をごまかしているのです。その他にも、体には自らで痛みを抑制する働きがあり、これらは、大脳が全ての痛みの刺激を一手に受け、大きなストレスにならないようにするために働いています。

次回に続きます。


No.49 痛みについて1

動物の痛みについて考えてみます。『痛み』を文章で表すのは、なかなか難しいです。国際疼痛学会(IASP)は『痛み』を『組織の実質的あるいは潜在的な障害に結びつくか、このような障害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験』と定義しています。わかり辛いですね。例を挙げると(日大の佐野先生のお話がわかりやすいので引用させていただきます)。犬に咬まれたときのことを想像してみて下さい。このとき『痛い』と感じるとともに『つらい』とも思うのではないでしょうか?このことを少し難しく解説すると、『痛い』は感覚であり、『つらい』は感情表現なので、犬に咬まれて生じる『痛み』は、先ほどの定義にある通り『感覚情動体験』と言い表すことができます。このときに経験したのと同様な意識内容、例えば、犬ではなく猫に手を咬まれるTVドラマの場面を見た場合も『痛い』と思うことがあります。今、実際に体に痛みがあるわけではないけれど、思い出して痛いと感じているわけです。ご自分が注射を受けるとき、注射の針が刺さってないうちから『痛い』と思ったことがある方も多いと思いのではないかと思います。つまり、痛みには、実際に経験して感じるものと、経験をもとに思い出して痛いと感じる2つの感覚があるのです。

このようなことから、痛みのケアをする場合には、組織が障害されたときに生じる感覚・情動体験は、まぎれもない痛みであること、もう1つは身体のどこにも原因が見当たらない感覚・情動体験であっても、これを痛みと認めて動物の苦しみに理解を示すべきであるということになります。また、言葉でコミュニケーションできない動物であっても、痛みを感じる可能性、痛みの緩和の必要性を否定するものではないこと、痛みは常に主観的であるということも頭に入れておく必要があります。

要するに、『痛い』という感覚は主観的であるため、感じ方・感じる程度は個々で大きく異なり、言葉でコミュニケーションがとれない動物であっても、痛みがあるかどうか、痛みを感じているかどうかわからない=痛くない。というように考えてはならないということです。

しかし、不快で体や心にダメージを与える痛みにも、生体にとって重要な役割があります。もし、痛みを感じなければ…転びそうになったときに受け身をとったり、犬に咬まれそうになったときに手をひっこめたり、車にひかれそうになったときに咄嗟に逃げたり、というような行動を抑制してしまいまい、生体にとって非常に危険な状態になります。このようなことから、『痛み』は生命を守る重要な感覚であることが理解できると思います。

次回に続きます。


No.48 EBM (Evidenced Based Medicine)

EBM (Evidenced Based Medicine)とは『エビデンスに基づく医療』のことを言います。エビデンスとは簡単に言えば『根拠』のことです。実験や調査の統計を基に、科学的根拠のある治療をすることをEBMと言います。

エビデンスの例を挙げると、この病気にこの治療をすると何%は治癒する。この病気の死亡率は何%だ。この薬は何%の患者さんに効果的だった。などと、数字で表されるものです。わかりやすく、一見、説得力があるので我々も多用する言葉です。

しかし、全ての病気に対して、しっかりしたエビデンスが用意されているわけではありませんし、統計学というのは数字のマジックを作りやすいものです。例えば、製品になっている薬に対してのエビデンスはたくさんあるでしょうが、2種類の薬を同時に使ったエビデンスはガクッと減ります。3種類だと実験や調査をするだけでも途方もない時間とお金が必要でしょう。4~5種類だとエビデンスがある場合が特殊です。また、何百例もの結果が揃う場合は良いですが、全ての場合で多くの数が揃うわけではありません。たまたま、数例で上手く行ったことが、その他大勢の結果と結びつかないことがあるのは当たり前です。また、製薬会社が多くの時間とお金を使って開発した薬を、多くのお金を支払って臨床現場で調査する場合、良い結果に傾くこともあるかもしれません。病気が2つ、3つ同時にある場合のエビデンスもほとんどありませんし、抗癌剤を使う場合なども、1度目の再発、再燃までは、エビデンスがある場合もありますが(少ないですが)、2度目の再発に関しては、エビデンスはほとんどありません。今、出したいくつかの例は、ヒトの医療の場合ですので、当然、動物に対してのエビデンスはその何十分の一となります。また、品種によってのエビデンスは、多くの場合存在しません。

誰しも自分の動物たちに、きちんとした科学的根拠がある治療を受けさせたいというのは当然のことですし、我々も診断、治療がガイドライン通りに進めば、非常に楽でストレスも減ります。しかし、エビデンスがない治療はしないとなると、多くの疾患が治療できないことになります。しっかりしたエビデンスを多く積み上げていくことは、現代医学、獣医学にとって重要なことだと思いますが、上記のような問題もまだまだ多いのが現状です。エビデンスはきちんと理解して使用することが必要だと考えます。


No.47 狂犬病予防注射について

3月の西区の広報をご覧になった方はお気づきかもしれませんが、西区から依頼され、狂犬病予防注射の啓蒙文を書かせていただきました。が、紙面の都合上、かなり、割愛されてしまったので、去年のメルマガの内容とも重複するところもありますが、もともとの全文をご紹介させていただきます。

日本の犬では50年以上狂犬病の発生の報告はありませんが、なぜ、そんなに長い間発生がない病気の予防注射を毎年しなければならないのでしょうか?理由を挙げてみます。

1.海外では、アジアを中心にいまだに毎年多くの死者が出ています。2008年の数字ですが、インドで20000人以上、中国で2000人以上の人たちが狂犬病で亡くなっています。

2.発症すると、神経症状、脳炎症状を呈し、致死率がほぼ100%の病気です。人の場合は、発症する前ならば、狂犬病ワクチン、抗狂犬病免疫グロブリンを用いた暴露後免疫療法を行うことによって救命できる可能性が高いといわれていますが、現在、日本で抗狂犬病免疫グロブリンの入手は困難です。また、犬に限らず、狂犬病が疑われる動物の治療は法律で禁じられています。

3.げっ歯類以外のほとんどすべての恒温動物(哺乳類、鳥類)が感受性を持っています(アメリカではコウモリからの人への感染が問題となっています)。これだけ、海外との交流がさかんな現代社会では、狂犬病に羅患している動物が、いつ、日本国内に入ってくるかわかりません。

4.統計学上、70%以上の犬が抗体を持っていると、ウィルスが国内に侵入しても大流行しないそうです。しかし、日本での狂犬病のワクチンの接種率の実際は50%以下だといわれています。

5.法律だから…

以上が主な理由でしょうか。横浜市では、毎年100件前後の咬傷事故の届けがあります。届けられていないものを含めれば数倍の件数になるでしょう。狂犬病は発症してからだと治療は間に合いませんので、国内に狂犬病ウィルスの常在を許せば、咬傷事故のたびに暴露後免疫療法が必要となります(法的に犬をはじめ動物には治療さえ出来ません)。いうまでもなく病気は予防が1番大切です。集合注射という形態が現代と合わなくなって来ている側面があるということは否めませんが、海外では使用されているような、数年に1度で良い信頼性の高いワクチン、抗狂犬病免疫グロブリンの製造、認可や、なにより、狂犬病の発生の全世界的な衰退が認められるまでは、生後90日以上で健康なワンちゃんには、毎年、狂犬病予防注射を受けさせて下さい。集合注射ででも、かかりつけの病院ででも構いません。

また、病気の治療中、高齢犬、妊娠犬、他のワクチンを接種したばかり、発作を起こしたことがある、注射で副反応を起こしたことがある、というような場合は、必ずかかりつけの病院の獣医さんとご相談下さい。

最後に蛇足ですが、動物を飼っている方々は『世の中には動物嫌いの人もたくさんいらっしゃる』ということを忘れてはいけないと思います。動物嫌いの人たちからすれば、「そんなに危険な病気の可能性が少しでもあるなら、犬なんて飼わないでくれ」などということになりかねません。犬と暮らすためには、狂犬病予防注射接種も社会人として責任の1つだと思います。

以上が、1月の下旬に書いたものの全文です。その後、本当に最近の話ですが、大分大学から狂犬病のウィルスを破壊できるスーパー抗体酵素を開発したという発表がありました。実用化までは、まだまだ、多くのハードルをクリアしなければならないでしょうが、世界中の多くの人や動物が救われると良いですね。本当に、医学は日進月歩です。


No.46 第11回飼主様向けセミナー

昨日の中島尚志先生をお迎えして行った『ウェスト動物病院・第11回飼主様向けセミナー』へご参加いただいた皆様、お寒い中、本当にありがとうございました。来年も、第12回が開催できるようにスタッフ一同精進します。今回のメルマガは、セミナーにご出席いただいた方々には、一部同じ内容となります。

先月、英国の高名な獣医師でIAVH(国際獣医ホメオパシー団体)の会長のPeter Gregory先生をお迎えし、獣医師特別セミナーが行われました。その先生と共に夕食に行こうとしたきのことです。私が『Peter先生、今晩は何が食べたいですか?』と聞くと『Futoshi、世界中で夕食の選択肢があるのは何%の人たちか知っていすか?』と、問われました。私が答えられないでいると『全世界で晩御飯の選択肢がある人は5人に1人、あとの人は選択肢がないか食べられない』と教えてくれました。無知な私には非常にショックな数字でした。

しかし、その夕食の選択肢がほとんどの人にあると思われるこの日本でも、完全失業率が4.6%になったという報道が先日ありました。約20人に1人が何の仕事もない国になってしまったということです。大震災から約1年が経ちましたが、原発の問題なども含め、まだまだ大変な状況なのは、皆様、ご存知の通りです。このような事柄を併せて考えると、家族や動物たちと健康で元気に暮らすことができたり、友人や仲間がいて仕事があるっていうことは、ある意味奇跡的なことなのかもしれませんね。

なるべく動物たちのために使おうという、皆様からの義援金¥185885をこちらで、少し足させていただき¥200000にして、獣医師会を通し、寄付させていただいたことをご報告申し上げます。ありがとうございました。


No.45 犬のスキンケア3

角質層によく作用するシャンプーのやり方は、

1.角質層に水を含ませる:30度以下の水で5分間肌をよく濡らします。角質層によく水を含ませることによってシャンプーの成分が作用しやすくなります。

2.角質層にシャンプー成分を作用させる:シャンプー剤を付着させ10分間待ちます。乱雑にこするのは角質層を取り除くだけです。優しく行って下さい。

3.残存する余分な成分を取り除く:30度以下の水でよくすすぎます。

4.タオルドライをします。こすり過ぎないように注意して行って下さい。

5.冷風でドライヤーをあてます。この時も、ドライヤーの温度をあまり高くしない方が良いです。

30度の水が冷たすぎると感じる方は35度くらいでもよいと思いますが、ヒトが快適な40℃前後のお湯は犬の皮膚には熱すぎるようです。熱いお湯は末梢血管を拡張させ、痒みを誘発する場合があります。ドライヤーの温度についても同じことが言えます。シャンプーの回数については、最近、皮膚専門の獣医師たちからは、最初は週に2~3回のシャンプーが推奨されていますが、お忙しい方はできる範囲で構いません。効果が出てきたら、週に1回、10日に1回と減らしていきます。最終的には月に2~3回で皮膚が良い状態に保てるのが理想だと思います。また、どんなシャンプーでも、その犬に合う、合わないはあります。使用しておかしい場合は、早めにご相談下さい。

最後に犬の被毛ケアのポイントです。

・ブラッシングは日頃のケアとしてもっとも大切です。毛のもつれや毛玉の防止、むだ毛や抜け毛の処理をします。

・毛にも配慮したシャンプー、コンデショナーを使用して、静電気の防止、摩擦の防止、pHの調整、毛の保護をします。

・トリミングは犬種によっては非常に重要です。蒸れやすい部位、汚れやすい部位のケア、夏の高温多湿時に短くしておくのもお勧めです。

・とくに蒸れやすい間擦部(脇や股、皺の間)などをドライイングするのも重要です。


No.44 犬のスキンケア2

角質層は皮膚にとって重要なバリアです。正常な角質層を保つには

・細菌(ぶどう球菌)や真菌(マラセチア)が増えすぎない

・水分、脂分を保つ

・侵入物を防ぐ

ことがポイントとなります。問題のある角質層は、

・細菌(ぶどう球菌)や真菌(マラセチア)が増殖→ブツブツ、カサブタ、ベタベタ

・水分、脂分を保てない→フケ、カサつき、ベタつき

・侵入物を防げない→痒み、炎症

この様な状態にならないように、以前のシャンプーの項でも少し触れましたが、

『肌を見極めてシャンプーを選択』『角質層によく作用するやり方でシャンプーする』

ことが大事です。

上記を参考にして、以下の様にシャンプー剤を選びます。

・細菌(ぶどう球菌)や真菌(マラセチア)が増えやすい場合→抗菌性シャンプー

・ベタつき、湿ったフケが出やすい、皮膚が肥厚している→角質溶解性シャンプー

・カサつき、乾いたフケが出やすい→保湿性シャンプー

・皮膚が刺激を受けやすい(痒みが出やすい)→止痒性シャンプー

抗菌作用が期待できる主な成分は、クロルヘキシジン、乳酸エチル、過酸化ベンゾイル(若干刺激が強い、猫はダメ)、ポピドンヨード(若干刺激が強い、猫はダメ)、ティーツリーオイル、ヒノキチオール、単糖類などです。処方されないと使用できないものも多いですが主な製品を挙げておきます。マラセブシャンプー、ノルバサンシャンプー、エチダン、ビルバゾイル(猫はダメ)、薬用ヨードシャンプー(猫はダメ)があります。

角質溶解が期待できる主な成分には、硫黄、サリチル酸、コールタール(猫はダメ)、二硫化セレン(皮膚はドライとなります。猫はダメ)、過酸化ベンゾイル(皮膚はドライとなります。猫はダメ)があります。主な製品はホスティーンS、ケラトラックス、ビルバゾイル、カニマールワン(猫はダメ)、セリーングリーン(猫はダメ)、セデルミン(猫はダメ)、薬用コールタールシャンプー(猫はダメ)などがあります。角質溶解性シャンプーはかなり皮膚を乾燥させます。状況に応じて、シャンプー後に保湿が必要です。コンデショナーや次の保湿性シャンプーを併用します。個人的にはヒトの入浴剤のキュレル、フェルゼアもお勧めです。

保湿を期待できる主な成分には、グリセリン、脂肪酸、乳酸、尿素、プロピレングリコール、リピジュア、マイクロパール、セラミドなど、多数あります。主な製品はセボダーム、ヒュミラック、アデルミル、オーツコンディヨナー、ヘルスラボシャンプー、ヂュクソシャンプー、スキンコートシャンプー、ブルーシャンプー、ヒノケアなどがあります。前述したキュレル、フェルゼアなどもお勧めです。

痒みを止める成分としては、オートミール、アロエベラ、コールタール(猫はダメ)、ヒドロコルチゾン、グリチルリチン酸ジカリウムなどがあり、製品としては、オーツシャンプーエクストラ、エスピース、アロビーン、ResiCort(国内未発売)、ヒノケア、薬用コールタールシャンプー(猫はダメ)などがあります。ヒト用の製品ですが有名なメリット(グリチルリチン酸ジカリウム入り)も使用することがあります。

次回は実際のやり方です。


No.43 犬のスキンケア1

ヒトと犬の皮膚は違います。皮膚の外側から、表皮(細胞の集合)、真皮(線維(コラーゲン)の集合)、皮下組織(脂肪の集合)があるのは一緒ですが、いくつか大きな違いがあります。

まず、もちろん、一番の違いは体毛の多さです。ヒトは頭皮の1つの毛穴から2~3本の程度の毛が生えていますが、犬は主毛(トップコート)、副毛(アンダーコート)が何本も生えています。

次に、ヒトの汗腺はサラサラのエクリン腺が多く、犬ではベタベタのアポクリン腺の割合が多くなっています。犬は汗をかかないと言われていますが、実際には、ヒトほどではないにせよアポクリン腺からの汗をかいています。また、アポクリン腺からはフェロモンの分泌も起こります。犬や猫のパットの間からの汗はエクリン腺です。皮毛に覆われている犬は、汗をかいたときに皮膚のpHが上昇し、細菌(主にブドウ球菌)や真菌(主にマラセチア)が増えやすい環境となります。

また、犬の表皮はヒトに比べて薄いです(ヒトは200μm、犬は50~100μm)。外からの刺激(掻き続けるなど)が続くと表皮は厚くなります。アトピー時や、肘や踵の体重がかかる部分の胼胝(べんち)が代表的な例です。

表皮には生きている細胞と死んだ細胞が混在しています。表皮の成長(ターンオーバー)はヒトでも犬でも約3週間です。表皮をもう少し細かく見ていくと、外側から、角質層、顆粒層、有棘層、基底層に分類できます。角質層と顆粒層の間にはセラミドがあり、アトピー時にはヒトでも犬でも減少しています。

以上のことなどから、ヒトと犬の場合のスキンケアはかなりの違いが出てきます。ヒトのスキンケアは主に肌(角質層)を考えて行いますが、犬の場合は角質層に加え、体毛のヘアケアを含めたスキンケアとなり、塗るタイプのものではなくシャンプー剤が基本となります。

次回に続きます。