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No.72 肝臓の検査2

前述のような、肝疾患を疑う症状がみられたり、症状がなくとも肝酵素の上昇が認められた場合、まずは下記の項目のきちんとした評価が必要になります。

・詳細なヒストリー:品種、年齢、食事、薬物、中毒など

・院内での他の血液検査:CBC、TP、ALB、NH3、BUN、T-BIL、GLU、T-CHOL、TGなど

・外注での血液検査:TBA、ACTHtest、T4、fT4など

・画像診断:レントゲン検査、超音波検査、CT検査

・黄疸がある場合:RBC凝集試験、クームス試験など

・肝腫大がある場合:超音波ガイド下FNA、FNB

・腹水がある場合:腹水の細胞診

動物の状態が落ち着いている場合は、このような検査で診断(または仮診断)を付け、治療、もしくは無治療で経過観察をします。動物の状態が悪く、一刻も早く診断を付け集中的な治療が必要だと考えられる場合は、

・試験開腹による病理組織検査

を行う場合があります。CT検査、試験開腹には全身麻酔が必要です。動物の状態が悪ければ行うことが難しいこともあります。肝臓は予備能力が大きい臓器で、気付いたら大変な状態だったというようなことが多々あります。また、肝臓疾患は、胆嚢・胆管疾患、膵臓疾患、小腸疾患、心臓疾患などと一緒に起こっている場合も多いです。定期的な健康診断で早く異常を見つけるのが重要なのは言うまでもありません。お勧めしている、定期的な健康診断は、10歳ぐらいまでの健康な犬・猫なら1年に1~2回、10歳以上なら1年に2~3回です。


No.71 肝臓の検査1

前回は胆嚢の病気のお話をしました。今回は肝臓の検査のお話です。まず、肝疾患のときの主な症状は、

・元気、食欲の低下

・嘔吐、下痢

・体重減少、発育不良

・腹囲膨満(肝腫大、腹水による)

・多飲・多尿

・黄疸

・出血傾向

・神経症状(肝性脳症による)、行動の変化

上記ののようなものですが、肝疾患のときの症状は、もともとあいまいではっきりしないものが多いので注意が必要です。実際には、健康診断や犬の場合はフィラリア検査時の血液検査の結果、肝酵素を測定して、上昇が認められる場合にはじめて肝疾患を疑うことも多いです。

主な肝酵素には、

ALT(GPT):アラニンアミノトランスフェラーゼ

AST(GOT):アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ

ALP:アルカリフォスファターゼ

GGT:ガンマグルタミルトランスフェラーゼ

上記の4つが主に用いられています。ここで注意しなければならないのは、これらの値が上昇している場合でも、必ず肝疾患があるというわけではなく、また、全ての値が正常値の場合でも、絶対に肝疾患が存在しないというわけではないことです。これは、肝臓はさまざまな肝外疾患の影響を受けるため、肝臓自体には大きな問題がなくても肝酵素の上昇がみられることが非常に多いためで、このような状態は反応性肝障害などと呼ばれていて、代表的な疾患としては、胃腸疾患、膵臓疾患、敗血症(感染症)、代謝性疾患、心疾患(右心不全)、薬剤(ステロイド剤、抗てんかん薬など)などが挙げられます。とくに代謝性疾患の中で犬の副腎皮質機能更新症(クッシング病)や猫の甲状腺機能亢進症には注意が必要です。

今回で大事なことは、肝酵素の上昇がなくても必ずしも肝疾患は除外できないということと、肝酵素の上昇があった場合でも肝疾患でない可能性もあるということです。

次回に続きます。


No.70 胆嚢疾患(Gallbladder disease)

犬の胆嚢の病気が増加しています。胆嚢は肝臓の裏側に張り付くようにある袋状の臓器で、形はちょうどナスのような形をしています。胆臓で作られた胆汁を蓄えています。胆汁は消化液で、とくに脂肪の消化を助ける働きがあり、胆嚢は必要に応じて収縮して、この胆汁の流れ道(総胆管)を通して十二指腸へ送り出し食物の消化を助けます。この胆汁の流れがせき止められると、体が黄色くなる黄疸になります。この状態を閉塞性黄疸といいます。

犬の主な胆嚢疾患は、胆嚢内に胆泥が溜まる胆泥症、ムチンが溜まる胆嚢粘液嚢種、石が溜まる胆石、胆嚢が腫瘍化する胆嚢腫瘍などがありますが、いずれの場合も胆嚢の変化は非可逆性である場合が多く、放置すると最終的に胆嚢が破裂して、生命をおびやかす急性の腹膜炎やDICの状態となります。また、破裂しない場合も、胆管・肝臓そのものまで病変が侵入してしまう場合も多くみられます。

原因としては、脂質代謝異常などの遺伝的なもの、甲状腺の異常、膵臓疾患との兼ね合い、食事などが挙げられていますが、まだ、よくわかっていません。犬種ではコリー、シェルティー、シュナイツァー、ダックスフント、チワワなどによく見られると言われていますが、どの犬種でも起こります。

診断は、犬種、症状、に加え、ALT、AST、ALP、GGT、T-CHOなどの各種血液生化学検査、レントゲン、超音波などの画像診断で総合的に行います。しかし、確定診断には試験開腹が必要な場合がほとんどです。

治療は、内科的にはウルソデキシコール酸などの利胆剤などの投与をしますが、胆嚢自体、昔、食事がいつも出来るとは限らない時代には必要であったが、食事が保障されている現在の犬たちには無くても良い臓器だと言われていて、前述のように非可逆性の変化であることから、可能であれば軽度のうちの外科手術が推奨されています。


No.69 乳腺腫瘍2(Mammary tumor)

治療

麻酔がある程度安全にかけられる場合で、炎症性乳癌(はっきりしたしこりが乳腺にはないが、炎症、発赤、痛みが強い、悪性度の高い乳腺癌)などの特殊な状況以外においては、一番良い治療法は外科手術です。放射線治療や内科治療(抗癌剤、ホルモン剤)なども研究はされていますが、現在、外科手術に勝る治療法はありません。犬、猫の場合の基本的な手術法は、癌細胞がリンパ節を通じて転移することを防ぐため、腫瘍がある側の乳腺と鼠径リンパ節(場合によっては腋窩リンパ節も)を全部摘出する、片側乳腺全摘出術を行います(両側に腫瘍がある場合には、両側の乳腺を1度に切除する両側乳腺全摘出術を行う場合もあります)。ウサギの場合は、各乳腺が独立しているので、その腫瘍のみの摘出をします。注意すべき点としては、多くの症例で卵巣や子宮にも病変が確認されるので、卵巣・子宮の摘出も同時に行います。卵巣や子宮に病変が認められない場合は、乳腺の手術のみで良いという考え方もありますが、個人的には、卵巣、子宮にもいずれ問題が生ずることが多いので、一緒に手術することをお勧めしています。摘出した乳腺腫瘍に病理組織検査を行い、良性か悪性かを判断します。

予防

犬でのデータですが、最初の発情を迎える前に不妊手術をした場合の発生率は約0.05%であるのに対し、初回の発情後の手術の場合は約8%、2回目発情後以降の手術の場合は約26%となり、発情周期の経過とともに発生率が高くなることが報告されています。また、出産を経験している動物は、未経産の動物と比べると、発生率が低いことが知られています。つまり、生後5~6ヶ月での不妊手術が一番の予防です。その時期をのがしても、子供を取らないのであれば、出来たら3歳くらいまでに不妊手術をしてあげて下さい。そして、不妊手術をしないのであれば出産を経験させることが、乳腺腫瘍の発生リスクを減らします。

お腹にしこりをみつけたら、なるべく早く診察を受けて下さい。とくに猫の場合は、乳腺腫瘍はほとんどが悪性です。他の多くの悪性腫瘍と同様に、悪性の乳腺腫瘍でも、早い段階で手術すれば根治する場合も多いです。


No.68 乳腺腫瘍1(Mammary tumor)

乳腺に発生する腫瘍を乳腺腫瘍といいます。犬での発生率は全腫瘍の約30%で、その50%が悪性といわれています。猫では、全腫瘍の約17%で、そのうち90%が悪性であることが知られています。ウサギでは、きちんとしたデータはありませんが、比較的多く見られる腫瘍の1つです。

とくに悪性の乳腺腫瘍の場合、やリンパ節、肝臓、その他への転移を引き起こし、予後不良になることがあるため、発見したら、速やかな治療(ほとんどの場合は外科手術)が必要です。

原因

雌に多く(意外でしょうが、稀に雄にも発生します。雄に発生した場合は99%悪性です)、エストロゲン、プロゲステロンなどの性ホルモンが関与しています。若い時期に不妊手術を受けていないと発生率が高まります。

発生年齢

一般的に、犬では8~10歳以上ですが、若齢犬にもみられることがあります。猫では10~12歳以上の老齢に多く発生します。ウサギも高齢になると発生率が高まるようです。どの動物でも年齢を重ねるごとに発生リスクは高まります。

症状

『お腹に固いしこりがある』『おっぱいの1つ、もしくは複数が他のものより大きくなっている』などですが、腫瘍が大きくなりすぎていると自壊している場合もあります。自壊がなければ、動物は痛みもないし、とくに症状を示しません。

検査

乳腺腫瘍が疑われたら、まず、腫瘍のできた時期、大きさ、硬さなどを確認します。次に、腫瘍に針を刺すFNA(Fine Needle Biopsy)か、針を刺しシリンジで吸引するFNB(Fine Needle aspiration)という検査をして細胞の観察をします。ただし、乳腺腫瘍の場合、FNAやFNBで良性か悪性かを判断することは通常できません。FNAやFNBは、乳腺由来の腫瘍なのかどうかを判断することが主な目的です。また、皮膚にみられた腫瘍全般にいえることですが、軟らかいから良性、固いから悪性、固着がないから両性、固着があるから悪性、変色していないから良性、変色しているから悪性などと判断はほとんど無意味で不正確です。唯一いえるのは、急に大きくなってきたものは悪性の可能性が高いということです。

レントゲン検査、超音波検査では、乳腺と関係の深い卵巣や子宮の状態を詳細に観察し、他の臓器(とくに肺や肝臓)への転移の有無を確認します。また、血液検査とあわせて他の基礎疾患がないかなど、全身状態を詳細に検討し、手術時に麻酔に耐えられるかどうかをチェックします。

次回は、治療の話です。


No.67 重症熱性血小板減少症候群 (severe fever with thrombocytopenia syndrome,SFTS)

宮崎県、長崎県、山口県、愛媛県などで、マダニを介してヒトに感染するSFTSウイルスによって5人の方々が亡くなったという報道がありました。動物を飼っている方々の心配は、

・動物にも感染するのか?

・動物からヒトへ感染するのか?

・治療法・予防法は?

といったところだと思います。

SFTSウイルスとは、ブンヤウイルス科フレボウイルス属に分類される新規ウイルスです。マダニ媒介性感染症で、2011年に中国で初めて報告されました。マダニに咬まれることの多い哺乳動物への感染も報告されています。犬では感染の報告はありますが、発病したという報告は今のところありません(ここでいっているマダニは屋外ダニのことで、チリダニなどの屋内ダニとは違います)。

主な症状は、高熱、血小板減少を始めとする、血液凝固系の異常、白血球減少、リンパ節の腫れ、嘔吐、下痢(黒色便)、血尿、蛋白尿などの、いわゆる出血熱といわれているもので、今のところ有効な治療法はなく、対症療法が主となります。

感染経路は、マダニに咬まれることですが、患者さんの血液や体液による感染が報告されていますし、ウイルス血症を伴う哺乳動物との接触による感染もあり得るのではないかと考えられています。

これらの事から考えてみると、

・動物にも感染するのか?→感染はするが、発症の報告は今のところありません。

・動物からヒトへ感染するのか?→確認されてはいないが、可能性はあると考えられています。

・治療法・予防法は?→治療法は現在のところは対症療法のみです。もし、マダニに咬まれたら、一刻も早く病院に行って下さい。予防は、マダニに咬まれないようにすること。具体的には、草むらや藪などには、なるべく近づかない、長袖、長ズボンなどで、肌の露出を最小限にする。また、動物にはフロントライン、レボリューション、フォートレオン(犬のみ認可されている薬です)などのマダニの駆除薬で対策をすることなどでしょうか。細かいことをいうと、フロントラインやレボリューションは、身体に付いたマダニを駆除する薬、フォートレオンはマダニの皮膚への付着を制限します。今のところ、横浜では、フロントラインなどで十分だと思いますが、ご心配な方、マダニのいるような場所に犬と行かれる方はご相談下さい。

マダニによる感染症はSFTS以外にも、日本紅斑熱やライム病、犬ではバベシア症などもあります。これから暖かくなるとマダニの活動も活発になります。是非、きちんとしたプログラムで予防をして下さい。


No.66 第12回飼主様向けセミナー

中部大学の武田邦彦先生をお迎えした『ウェスト動物病院・第12回飼主様向けセミナー』にご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

武田先生には、環境と科学と社会の関係をテーマに、原発、地球温暖化、節約、アレルギー、男女の違いなどについて、わかりやすくお話していただきました。

前日の21時~23時半には、当院で行っている獣医師向けのセミナーでもご講演いただきました。みなさんがお聞きになった内容に加え、少し突っ込んだ科学的なデータを挙げていただき、科学者としての考え方、物の見方を教わりました。

70歳の武田先生はとてもパワフルで、次の日は新潟、その次の日は大阪、その次は福井で講演だと言っておられました。

武田先生のご講演や座談会は、日本全国、いろいろなところで行われています。今回のセミナーに参加されて興味を持たれた方はもちろん、参加されなかった方も、機会があれば、是非、武田先生のお話を聞いてみて下さい。

100万人の読者がいる武田先生のブログです。

http://takedanet.com/


No.65 コミュニケーション行動4 嗅覚信号(Olfactory signal)

嗅覚信号の特徴

嗅覚信号は、種や性別、家族や群れ、そして特定の個体のアイデンティティに関する多くの情報を正確に伝えることができます。しかも、動物が立ち去ったあともかなり長い時間にわたって情報を残すことができます。しかし、視覚や聴覚の信号のように刻一刻と変化する心理状態などは伝達できません。ヒトの指紋(Fingerprint)のように、各個体には特有の体臭、いわゆる匂いの指紋オドワプリント(Odorprint)があって、多くの動物では、視覚や聴覚で遠くから個体を識別しても最終的な確認は嗅覚によって行われます。

動物の持つ2つの嗅覚システム

一般に哺乳類の嗅覚はとても鋭敏です。例えば、犬では化学物質の検出感度はヒトの100万倍以上ともそれ以上ともいわれています。警察犬・麻薬探知犬・爆弾探知犬などの活躍をみても、その能力の高さはわれわれには想像もできないほどです。匂い分子は嗅上皮(Olfactory epitherium)という主嗅覚系の感覚器にある匂い受容体で感知されます。犬の嗅上皮はヒトの数十倍の面積があります。

ヒトなどの一部の動物を除き、動物にはもうひとつ鋤鼻器(Vomeronasal organ)という鋤鼻系の感覚器が存在しています。鋤鼻器は細長い管のような器官でフェロモン分子などの特殊な嗅覚信号を感知するために使われています。フレーメン(匂いに反応して唇を引き上げる反応)は猫や馬や山羊などの多くの動物種でみられる特異な表情で、フェロモン分子の鋤鼻器への取り込みに関連しています。犬やハムスターなどのフレーメンを示さない動物では、舌の出し入れや鋤鼻ポンプと呼ばれる血管の拡張と収縮を繰り返す仕組みが発達しています。

犬のマーキング行動

犬は自分自身や他個体が残した排泄物に子供のこるから興味を示します。じっくりと匂いを嗅いだあとに、自分の尿や糞を重ねることがあります。排泄物には、それを残した個体のアイデンティティと生物学的情報を知らせる信号が含まれています。尿や糞によるマーキングには視覚的な信号も含まれます。視覚信号のところで出てきた片脚挙上排尿もこの例のひとつです。

尿には多くの情報が含まれており、性的に成熟した雄犬は、雌犬の尿中に含まれるフェロモンなどの揮発性分子を手がかりに、発情などの繁殖ステージの情報を得ます。また、オオカミの群れでは、全てのメンバーが支配地域の匂いづけスポットを知っていて、見知らぬ個体によってマーキングされた場合には、興奮して自分たちの尿を繰り返し重ねる行動がみられるといいます。尿マーキングは雄性ホルモン(アンドロジェン)の影響で増加するので、家の中でマーキングしてしまう未去勢の雄犬の場合、去勢手術をすることで50%程度は改善するといわれています。

犬の挨拶行動(Greeting behavior)

犬が他の犬に挨拶行動を行う際には、耳や口、鼠径部、肛門陰部などの匂いを嗅ぎます。顔見知りの犬同士が久しぶりに再開したような場合は、お互いの肛門周囲の匂いを長時間にかけて嗅ぎあう場合が多いです。雄同士が接近した場合などは、優位な個体は尾を上げて劣位の個体に自分の肛門周囲の匂いを嗅がせます。同時に優位な個体も嗅ごうとしますが、劣位の個体は尾を巻き込んで肛門周囲の匂いを嗅がれないようにすることが典型的な行動反応です。

肛門周囲腺の分泌物は、通常糞便中に排出され、この腺分泌物には、個体の属性や特徴、あるいは社会的順列などに関する多くの情報が含まれていると推察されていますが、詳細はまだわかっていません。

犬の匂いのこすりつけ行動

犬が他の個体の排泄物などに寝転んで体に異臭をなすりつけるような行動を示すことがあります。この行動はオオカミでも知られていて、このように異臭をまとって群れに戻ると、仲間たちからしきりに探求されるため、これが報酬になっているのかもしれないし、他の個体から敵対行動を受ける可能性が低くなるのかもしれません。また、狩りのときにメリットがあるという説もありますが、詳細は不明です。

猫の嗅覚を介するコミュニケーション行動
猫は口の周り、顎、耳道、肛門周囲、尾のつけ根などに発達した皮脂腺(Sebaceous gland)を持っていて、その分泌物を特定の個体や物体、馴染みのあるものや、新しいものに対してこすりつけます。猫が身体のいろいろな部分をこすりつけた対象物には、おそらく、皮脂腺に含まれる匂い成分が付着すると考えられます。飼主に対する身体のこすりつけは、マーキングという意味のほかに、距離を縮めるための挨拶行動とも解釈されます。 猫も尿をマーキングに使いますが、やはり未去勢の雄でその傾向が強いです。雄猫は、自分の縄張り、とくに通り道や交差点、周囲との境界部などに長い時間を費やして念入りに尿を噴霧します。

この尿スプレー(Urine spray)を行う際には、腰を下げずにまっすぐに立ち、垂直に立てた尾を小刻みに震わせます。スプレーされた尿の中には多くの情報が含まれていて、繁殖期に雄と雌が出会う手がかりになったり、馴染みのない場所に対する不安を取り除いて環境への順応を早めるのにも役立ちます。猫は犬と違い、他の個体が残した尿の上にマーキングをして、匂いを覆い隠すようなことはしません。

ちょっと長くなりましたが、動物個体間のコミュニケーションの話はいかがでしたでしょうか?このようなことを考えつつ動物たちを観察すると、新しい発見があるかもしれません。

今回の4回にわたるコミュニケーション行動の項の内容は、リンゲルゼミでの高倉はるか先生の講義、森祐司先生・武内ゆかり先生・内田佳子先生の共著『動物行動学』(インターズー)を参考にさせていただきました。


No.64 コミュニケーション行動3 聴覚信号(Auditory signal)

聴覚信号の特徴

吠えや遠吠え(Howl)などの、犬の聴覚信号を用いたコミュニケーションは、長距離の情報伝達に有用です。一方、唸り声やキュンキュン鳴く声は、短距離、中距離でのコミュニケーションに用いられます。犬の吠え方は状況によって異なり、例えば、縄張りの意識に関連するもの、攻撃的な吠え声、仲間に警戒を促す吠え声など様々ありますが、ヒトにもある程度の識別は可能です。オオカミの遠吠えは、狩りの前に仲間を集めるためであったり、他のオオカミとの社会的な接触を求めるためであったりすると考えられています。

情動を反映する発声

犬は、他のイヌ科の動物と比べて、吠える(Bark)行動が出やすいといわれています。一般的に、若い動物の方が吠える頻度は高いです。侵入者の気配に対してよく吠えるということは、ヒトにとって都合の良い形質として家畜化されてきました。

唸り声(Growl)は、攻撃的な状況で発せられることが多く、キュンキュン鳴く声(Whine)は、挨拶のときや不満なとき、服従行動をとっているときなどに発せられます。犬は超音波領域の音にも感受性がありますが、獲物となるげっ歯類などの発する超音波を捉えて居場所を特定しているのではないかと考えられています。

猫の聴覚を介するコミュニケーション行動

猫の五感の中では聴覚がもっとも優れているといわれています。暗い森の仲で獲物を待ち伏せして生き延びてきたからなどと説明されています。犬が嗅覚の動物なのに対し、猫は聴覚の動物であるといえます。鳴き声によるコミュニケーションは猫同士の距離を保つために重要で、基本的に非社会的な動物である猫同士が突然に出くわすのを防いでいるとされています。猫の鳴き声は様々ですが、口を閉じたまま発する喉を鳴らす声ゴロゴロ(Purr)、最初に口を開けそれから徐々に閉じて行くときに発せられる誘惑するような、あるいは欲求や不満をあらわす泣き声ニャーオ(Meow)、そして、口を開けたままで発せられる激しい感情をあらわす声シャー、フーッ、ギャー(Hiss)の3つのカテガリーに分けられます。


No.63 コミュニケーション行動2 視覚信号(Visual signal)

視覚信号の特徴

近距離・中距離でのコミュニケーションにおいて視覚信号は効果的です。また、相手の反応を見ながら瞬時に信号を切り替えることができる点も有利です。また一般に、犬と犬といった同種のコミュニケーションはもとより、犬とヒトといった異種間コミュニケーションにおいても重要な伝達様式です。オオカミの群れでは、仲間同士のコミュニケーションの大部分は、姿勢や表情の変化による視覚信号によって行われているといわれています。

集団内における威嚇・服従行動

オオカミの群れでは安定した社会的順列(Social hierarchy)、順位(Rank)が形成され、食事、休息場所、繁殖相手なの限られた資源への優先権や支配する権利が優位な個体に与えられます。順列は優位な個体が示す威嚇行動(Threatening behavior)によって確立維持されますが、これらの行動には信号の送り手の攻撃性に対する意思やその強さが含まれています。

優位行動と服従行動

犬やオオカミでみられる優位行動(Dominant behavior)には、相手の鼻先(マズル)をしっかりとくわえこむ、頭と首を押さえつける、マウントする、首や肩あるいは背中に顎を乗せるなどがありますが、こうした行動は儀式化(Ritualization)されていて、通常は相手に怪我を負わせるようなことはありません。
また、自分が相手より劣位であることを伝えたり、目の前で示された攻撃性を軽減するために、劣位の犬は歯を隠したり、首や腹部などの急所をさらす姿勢をとるなどの一連の服従行動(Submissive behavior)をして相手をなだめようとします。劣位の個体は臀部を低くし、背中を弓なりにして低い姿勢で相手に近づくか相手の接近を待ちます。尾は低い位置で振られ、鼻先を上げながら頭と首を低く保ち、耳は後ろに倒し視線は合わせません。
また、劣位の個体は、舌を突き出して相手を舐めようとすることがあります。これは、食物の吐き戻しをねだって母犬に近づく仔犬の動作から派生した、儀式化された服従行動だと考えられています。

その他の視覚を介する特徴

犬の片脚挙上排尿(Raised-leg urination)は、一般的には雄でみられ、性別や序列を示す視覚信号としての意味があります。オオカミの観察では、優位な雄が劣位に比べて頻繁に脚を上げます。また、遊びを誘うおじぎ(Play bow)は、唸り声や正面からの接近が攻撃ではないことを相手に伝える意味があります。遊びたい犬は、臀部を高く上げ姿勢を低くし、前肢を伸ばしたり上下させたりして、尾を大きく振ります。相手の前後を素早く大げさに動き、静止した状態から急に動いたりします。

猫の視覚を介するコミュニケーション行動

猫においても、恐怖や不安や攻撃性の程度が様々に混ざり合って、その時の気分をあらわすように、耳や尾の位置、姿勢、表情などからコミュニケーション信号が作られます。ただし、本来が単独生活者の祖先を持つ猫にとって、社会集団のなかで調和を保つのがとくに重要ではないため、犬のような社交的な動物とは多少異なります。

他の猫に対して能動的に接近するときには尾は垂直に立てられます。親しい相手や仔猫が母猫に近づくときは尾の立て方は一層顕著になります。この尾を立てる姿勢は、もともと母猫が仔猫の肛門陰部を舐めるときの反応に由来しているのではないかと考えられています。また、猫が遊びたいときは横たわって腹部を見せます。

攻撃的な威嚇は、直接的なアイコンタクト、前に向いたヒゲ、まっすぐ相手に向かう姿勢など、攻撃をしかけようという意思があらわれていて、後肢と背中をまっすぐに伸ばして身体を斜めにして、立毛は胸から始まり尾へと広がり、尾は付け根から後方に少し伸ばして急に下向きに曲がります。尾の先端をぎこちなく前後に動かしているときは、興奮、動揺の証拠です。

一方、防御的な威嚇の場合は、相手にまっすぐには向かわず、自分の体をより大きく見せるために、毛を逆立てながら背を丸めて横を向きます。耳は後ろに倒して頭に貼り付け、口角を後ろに引いて歯をむき出し、ヒゲは頭の横に引きつけて鼻にしわを寄せます。

次回は聴覚信号の話です。