No.241 エキゾチックペットへの全身麻酔

犬、猫以外の動物を獣医の世界ではエキゾチックペットと呼びますが、これらの動物への全身麻酔は、犬や猫と違った難しさがあります。

動物への全身麻酔の流れは、ヒトの場合とそう大きな違いはありませんが、ヒトでは簡単にできることが動物では困難なものがあります。全身麻酔の第一歩は、その動物に対して安全に麻酔がかけられるかどうかを判断することです。身体一般検査のほか、血液検査、レントゲン検査などを行います。動物が高齢の場合や持病がある時は、超音波検査、血圧測定、心電図、その他の検査を行う場合もあります。これらを術前検査といいます。術前検査の結果をふまえ、手術において予想される侵襲の度合いや、興奮しやすい、ひどく臆病などの動物の性格なども考慮します。これらの情報を総合してリスク評価を行い全身麻酔を行います。しかし、動物種によっては術前検査が十分に行えない場合があります。例を挙げると、血液検査のデータは全身麻酔の前には欲しいものですが、小さな体重の軽いセキセイインコや文鳥などの小鳥やハムスターなどから、検査に必要な量の血液を取ってしまうと実際の血液量が不足してしまう場合があり貧血にして麻酔をしなければならなくなるので通常行いません。そのため、症状に表れていない病気を見落とすことがあります。また、ヒトの言葉を喋れない動物達にとって、頭痛があるとか昨日と何か違うというようはことを麻酔医に伝えることは出来ません。とくに高齢動物の場合、脳の中の疾患や検査結果に表れにくい問題などを持っている場合があり、全身麻酔時や覚醒時、麻酔後に予期しなかったトラブルが起こることがあります。

実際の全身麻酔の流れは、
1.準備:絶食、点滴、酸素化など
2.前投与:鎮静剤、鎮痛剤などの投与、モニターの装着
3.導入:麻酔薬の静脈投与、吸入麻酔のマスクや麻酔ボックス
4.気管チューブの挿管
5.局所麻酔、硬膜外麻酔の投与
6.維持:吸入麻酔薬、麻酔薬の持続点滴で維持。鎮痛剤の投与
7.気管チューブの抜管
8.覚醒
9.術後管理
簡単にはこのようになります。

導入時からは麻酔管理を行います。麻酔管理には2つの大きな目的があります。
1.手術時の危険から命を守る
2.術中・術後の痛みを取り除く
この目的のために、血圧・脈拍・心電図・呼吸数・体温・尿量・意識・血中酸素濃度、呼気時の二酸化炭素濃度などを測定・記録します。これを麻酔チャートと呼びます。近年、麻酔器や人工呼吸器、麻酔薬、鎮静薬などの発達は目覚ましく、毎年のように新しいものが出てきます。これらは安全な全身麻酔を行うにあたって獣医師の負担を減らしてくれます。しかし、いまだに、血圧計、心電図、SPO2、CO2といった全身麻酔では必須のモニターも小さな動物ではそのサイズがなく使用出来ない場合が多くあり、獣医師が五感でモニターをしている場面は多くあります。全身麻酔時にはとくに血圧の管理は重要ですが、小さな動物では点滴のルートも取れない場合が多く、昇圧剤などの投与も困難です。前述したように、そもそもきちんとした血圧計もありません。出血が多いなと思っても、輸血も出来ない場合がほとんどです。エキゾチックペットでは気管チューブの挿入も困難な場合が多く、人工呼吸器も使用出来ません。硬膜外麻酔も鎮痛剤も、エビデンスは少なく、効果をきちんと確認出来ていないものを経験的に使用している場合が多いです。また、逆に馬や牛などの大型動物は違った困難さがあります。競走馬などは全身麻酔の手術が行われていますが、多くの人数で特殊な機材が必要です。動物園の大型動物は手術室に入らなくてにフィールドで手術を行う場合もあります。

現在では、「安全」、「快適」、「確実」といった言葉が当然のように麻酔にも投げかけられています。今後AIの発達で全身麻酔もオートメーション化してくるでしょう。麻酔科学が発達した今でも、術中は大きな危険が潜んでいます。除痛と同じく「命を守る」働きが欠かせません。アメリカの大きな動物病院の統計では、犬猫における術前検査で全身麻酔をしても大丈夫だと判断して麻酔を行った場合の麻酔事故は1/1000だったそうです。獣医師の世界にも、海外で研修を受け、獣医麻酔専門医という肩書きの先生方が出て来ましたが、そのほとんどが犬猫専門で、エキゾチックペットの全身麻酔に関しては専門医の先生方も難しいと考えています。

どの動物も自分に麻酔をかけて欲しいなどとは思ってないでしょう。彼ら彼女らは未来の心配より今が快適かどうかで生きています。そのような動物に全身麻酔をして様々な処置を行うのはヒトの都合です。獣医師としては、1000回に1回にの失敗も許されません。麻酔のリスクとメリットを慎重に考えて注意深く全身麻酔を行うのはもちろん、テクノロジーの発展で1日も早く安全な麻酔が行われ、侵襲の少ない手術が可能になることが必要なのはヒトも動物も一緒です。

こちらもご参照下さい
No117 全身麻酔
No187 高齢動物の全身麻酔のリスク