胸腺腫は犬猫では比較的稀ですが、「前縦隔」と呼ばれる部位に出来る腫瘍では最も発生が多い腫瘍です。通常は被膜で覆われており良性ですが、周囲の臓器へ浸潤を示すことがあります。こちらは浸潤性の胸腺腫で悪性腫瘍です。良性の胸腺腫でも非常に稀に遠隔転移を認めることがあります。どの年齢でも発生しますが、中高齢(平均約10歳)での発生が一般的です。発生原因は不明です。
胸部レントゲン検査にて前縦隔部分に腫瘤状の陰影を認めた場合、本当に胸腺腫なのかどうかが重要です。前縦隔に発生する腫瘍は胸腺腫以外にもあります。他の前縦隔の腫瘤で多いのはリンパ腫、稀ではありますが、異所性甲状腺癌、鰓性嚢胞、ケモデクトーマ、異所性上皮小体癌、胸腺癌などがあります。確定診断には、FNA検査(針生検)や、はっきりしなければ組織検査が必要です。
症状は、無症状から重度な呼吸困難まで様々です。胸腺腫が大きくなり周囲の臓器を圧迫すると、元気消失、発咳、吐出、頻呼吸、呼吸困難を呈します。また、胸水が貯留しだすと、重度の呼吸困難などで致命的になることがあります。また、稀に前大静脈症候群が起こることがあります。これは腫瘍により前大静脈が圧迫され、頭頚部や前肢の静脈が鬱血して浮腫みが出ます。
また、胸腺腫では腫瘍随伴症候群(腫瘍がホルモンなどを過剰に産生したり、正常にはない物質を作ったりすることで体に悪さをする病態)の発生が一般的であり犬での発生は約67%です。腫瘍随伴症候群には、重症筋無力症(GM)、剥奪性皮膚炎、高カルシウム血症、リンパ球増加症、貧血、多発性筋炎があります。特にGMは胸腺腫の犬の40%で起こります。猫でも起こることが知られています。重症筋無力症により巨大食道が起こると、誤嚥性肺炎が約40%で併発します。腫瘍随伴症候群はいつ発生するか分からず、診断前、診断後、時には胸腺腫の切除後に起こる場合もあるので注意深い経過観察が必要です。
胸腺腫の治療は、外科手術、放射線療法、化学療法がありますが、一般的に、切除可能な場合の第一選択は外科切除です。手術によって切除可能なのかどうかの評価にはCT検査が必須です。CT検査により、前縦隔周囲の重要な血管や臓器との関連性がある程度把握できます。外科治療がこの3つの治療法の中で唯一の根治的な治療法です。但し、麻酔をかけることが出来ないほど呼吸状態や全身状態が悪化している場合は、化学療法を組み合わせます。化学療法により腫瘍をある程度縮小させる、または腫瘍随伴症候群の症状を改善させてから手術を実施します。放射線療法の反応率(完全に消失または部分的に縮小する率)は75%です。化学療法に関しては、胸腺腫の犬に対して高用量のプレドニゾロンの投与で長期間の効果があったという報告はありますが、単独治療でのまとまった報告はなく効果はよく分かっていません。一般に化学療法単独で完全に腫瘍が消失することは稀であり一時的に縮小しても再増殖の危険性があります。
通常の胸腺腫は良性の腫瘍であり転移することは一般的にはありません。しかし、放置して巨大になる、または腫瘍随伴症候群が起こると命を脅かす腫瘍です。早期発見が重要です。中年齢(7歳以上)を超えるくらいから、年に1~2回の健康診断を心がけるようにしましょう。
緑の丸内が胸腺腫