No.228 猫コロナウイルス(Feline coronavirus: FCoV)と猫伝染性腹膜炎(FIP)

猫コロナウイルスは、多くの猫が保有しているウイルスで、猫腸コロナウイルス(FECV)と、猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)があります。この2つは非常に似ているため検査で区別することが困難です。症状は、猫腸コロナウイルスは、軽い下痢などの消化器症状を引き起こす程度ですが、猫伝染性腹膜炎ウイルスは、致死性の高い猫伝染性腹膜炎(FIP)を発症させます。

猫コロナウイルスの感染経路は明らかになっていませんが、糞便や唾液中のウイルスが口や鼻を介して感染すると考えられています。猫から猫へ容易に感染するのは猫腸コロナウイルスです。一方、猫伝染性腹膜炎ウイルスの感染力は弱く、猫から猫への感染はないと考えられています。現在のところ、FIPは、猫腸コロナウイルスに感染した猫の体内で、ウイルスが突然変異を起こすことで発症すると考えられています。猫からヒトや犬などの他の動物種には感染しません。

FIPを発症すると、血管に炎症が生じ、腹膜(胃や肝臓など臓器の表面とそれらの臓器がおさまっている腹腔を包んでいる膜)に炎症が起こります。症状はウェットタイプとドライタイプの2つに分類されますが、どちらのタイプも初期症状は、発熱や食欲低下など、どんな病気にもよくある症状です。多くの場合治療への反応が悪く、診断後、数日から数ヶ月で亡くなってしまう致死率の高い病気です。

1. ウェットタイプ
多くがこのタイプです。体重減少・元気減退・発熱等の症状とともに、腹水や胸水が溜まり、肺を圧迫することにより呼吸困難などの症状を起こします。病原性が高く、多くの場合2か月以内に死亡します。

2. ドライタイプ
体重減少・元気減退・発熱等の症状とともに、眼にぶどう膜炎や虹彩炎などの症状を起こしたり、脳内に炎症を起こし、麻痺や痙攣などの神経症状を起こします。腎臓や肝臓・腸にも異常が現れることがあります。ウェットタイプに比べ、やや慢性的な経過をたどる傾向がありますが、これもまたほとんどの場合は致死的です。

猫コロナウイルスの感染を調べるには、血液中の抗体を調べる検査が一般的です。その他にも血液や糞便中のウイルスを検出する遺伝子検査(PCR検査)も行われることがあります。腹水や胸水を用いて遺伝子検査を行うこともありますが、現在、いずれの検査も猫腸コロナウイルスと、猫伝染性腹膜炎ウイルスを区別することはできません。そのため、猫コロナウイルスの抗体価が高い、ウイルスが陽性など、ウイルス感染がある場合でも、症状と併せて、総合的に、猫腸コロナウイルスを保有しているだけの状態なのか、FIPを発症している可能性が高いのかなどを判断する必要があります。

FIPは、全年齢の猫で発症がみられますが、多くは1歳未満の幼猫で発症します。愛らしい仔猫の時期に本当に切ない病気です。FIPの発症は、免疫抑制を起こすウイルス感染や、環境のストレスなどが関与していると考えられていて、多頭飼育下でFIPが発生した場合には、その集団での発生率は高くなることが知られています。

FIPの治療は、抗生物質、抗炎症剤等の投与と併せて、症状により胸水や腹水の抜去、栄養保持などの対象療法を行います。代替療法を用いる場合もあります。治療への反応が悪いことが多く、現在のところ完全に治す治療法はありません。最近、エボラ出血熱治療薬の研究の中で発見された、GS-441524という研究用試薬がFIPに効果があるという実験結果が出ましたが、エボラ出血熱の治療を優先すべく、猫に対しては認可を申請していません。インターネットなどで高額で販売されているのを見かけますが、現在のところ闇の薬です。ワクチンも海外にはありますが、きちんとした効果は確認できていません。1日も早く良い治療法が確立されて欲しい疾患の1つです。