No.140 痛み(Pain)

『痛み』とは、国際疼痛学会(IASP)で「組織の実質的あるいは潜在的な障害に結びつくか、このような障害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・感情体験」と定義されています。ややこしいので簡単な例を挙げます。例えばドアに指を挟んだときのことを思い浮かべてください。このとき「痛い」は当然として「辛い」とも思わないでしょうか?「痛い」は感覚で「辛い」は感情です。ドアに指を挟んだときに生じる痛みは不快な感覚・感情体験です。テレビドラマなどで、このときに経験したのと同じような「ドアに指を挟む」場面を見ると痛いと思うことがあります。これは、今、実際に痛みがあるわけではないけれど、思い出して痛いと感じていることになります。このように、痛みには実際に経験して感じる痛み思いだして感じる痛みの2つの流れがあります。このような理由から、言葉によるコミュニケーションが取れない動物たちには、痛みがあるかどうか、痛みを感じているかどうかわからないから痛くないと考えるのは間違いといえます。

不快な痛みですが、痛みを感じるということは、生命の防御反応にとっては非常に重要です。痛みは組織や精神に何らかのダメージを与えます。普通に痛みを感じる私たちは、ドアに挟まれそうになったときに手を引っ込めたり、転んだときは受け身を取ったりと反応します。このダメージから逃げる反応こそが生命を守るために必要です。そのため、人を含め動物は痛みから逃げるという反応を持っているのです。ここに痛みが存在する意義があります。

では、痛みは重要な反応だから、そのまま取り除かなくても良いのでしょうか?10年前くらいまでは、動物の痛みは取り除く必要がないという考え方が一般的でした。動物は痛みに強いなどと思われていたのです。また、手術のあとなど傷口が痛いと動物は動かないし、傷口をあまり舐めないので、傷口が痛い方が早く治るなどとも思われていました。しかしそれは間違いで、痛みが続くことによって生体には様々な不利益が生じます。その主なものを挙げてみます。

痛みが身体に及ぼす影響
精神状態:気力の低下、不安感
→痛みの感覚の増強
呼吸器系:肺活量・肺のコンプライアンス・換気量の低下
→体の中の酸素の低下、二酸化炭素の上昇
循環器系:交感神経の緊張の増加
→心拍数・血圧の上昇、心臓への負荷の増大
内分泌系:コルチゾールの分泌促進
→ストレス反応の促進(心拍数・血圧の上昇)、体の負担の増加
代謝系:体内異化亢進、タンパク分解増加
→栄養不良状態、削痩、創傷治癒の遅延
その他:食欲低下、運動性・活動性の低下、血液凝固能の亢進
→血栓形成の促進

上記のようなことが痛みが続くことによって生じます。例えば、心臓の悪い犬の手術をしたあとに、きちんと痛みを止めてあげないと、血圧や心拍数の増大が起こって、肺に水が溜まる肺水腫という状況になってしまうことがあることはよく知られています。そもそも痛いのはかわいそうですよね。

現在、痛み止めの薬はよいものがたくさん出ています。状況に応じて使いわけをしています。