前回、痛みは生命を守る重要な感覚であるということをご説明しました。では、痛みを取り除く必要はないのでしょうか?実は、一昔前まで、動物の痛みは取り除く必要はないという考え方が一般的でした。お腹を開けるような大きな手術をしたあとに、すぐに立ち上がって歩き回ったり、ヒトなら気絶しそうな大怪我を負っていても食欲があったりする動物たちの姿をみて、動物は痛みに強い。痛みを取らない方が少しは大人しくしていて怪我の治りも早くなるから痛みを取る必要はない。などと考えられていました。しかし、現在ではそのようなことはありません。たしかに、痛みがあれば動物は大人しくしてくれるため、手術の傷口などには安心感はありますが、痛みがあることによって様々な生体への不利益もあることがわかってきています。主なものをご紹介します。
・感覚的側面:気力の低下、不安感→痛みの感覚の増強
・呼吸器系:肺活量低下、肺のふくらみやすさの低下→換気量の低下
・循環器系:交感神経の緊張→心拍数・血圧の上昇、心臓への負担の増加
・内分泌系:コルチゾールの分泌促進→ストレス反応の促進、心拍数・血圧の上昇
・代謝:異化亢進→栄養状態不良、痩せる、傷の治りが遅くなる
・その他:食欲低下、活動性の低下、血液凝固能の促進→血栓形成の危険性の増加
上記以外にも多くの理由が証明されてきていますが、そんなことよりも、痛いのはかわいそうですよね。痛いままにしておくのではなく、動物の痛みも取ってあげなければなりません。5年ほど前から、動物用の良い鎮痛剤が多くのメーカーから発売されています。現在では、手術をするときに、鎮痛剤を投与しないで行うことは全くと言って良いほどありませんし、関節炎やお腹の痛みなどの場合にも、鎮痛剤は積極的に使用します。ただし、ヒト用の鎮痛剤をそのまま動物に使用すると、まずい場合が多々あります。ご注意下さい。
痛みの感じ方をもう少し詳しく見て行きましょう。まずは、タンスに足の小指をぶつけてしまったときのことを想像してみて下さい(想像するだけで痛いですよね)。このとき、足の小指と周辺の組織は、ぶつかった衝撃で障害され、その障害がそこにある神経に伝達されます。この組織に障害を与える刺激を『侵害刺激』と呼び、その障害を受ける場所を『侵害受容器』と呼びます。『侵害刺激による侵害受容器の刺激』が傷みを感じる第一歩です。次に、ぶつけたことによって生じた侵害受容器の刺激の情報は、神経を通って伝わって行きます。ぶつけた指の周辺の神経からの刺激は脊髄(背骨の中の神経)の中に入り、大脳に伝達されます。大脳へ向かう途中、延髄、中脳を経由します。そして、大脳に伝達された刺激は、大脳新皮質感覚野に入り『痛いっ!』と認識されます。
このように、ぶつけた衝撃により神経が刺激される→刺激された神経の情報が伝達される→脳へ到達した刺激が感覚として認識される。という流れが、痛みを感じるメイン経路です。同時に、ぶつけた小指は腫れたり熱を持ったりしていきます。これは、ぶつけた衝撃で、小指とその周辺の組織に炎症性メディエーターといわれる化学物質が出るためです。こちらも、最初の刺激のように大脳に伝達されます。今度は伝達される神経の種類が異なるため、ぶつけたすぐあとではなく、少し経ってからジワジワと痛いと感じることとなります。
痛みを感じると、さすりたくなりますよね。そのときに、ぶつけた部分だけでなく、周囲もさすってしまうのはなぜでしょうか?これは、さすることにより痛みの伝わる感覚をごまかしているのです(ゲートセオリーと言います)。さすることで痛みの刺激が脊髄に入ることを押さえ、さすることによる振動で大脳での痛みの感覚の認識をごまかしているのです。その他にも、体には自らで痛みを抑制する働きがあり、これらは、大脳が全ての痛みの刺激を一手に受け、大きなストレスにならないようにするために働いています。
次回に続きます。