No.464 猫伝染性腹膜炎 (Feline infectious peritonitis: FIP)

 猫伝染性腹膜炎(FIP)は、猫で見られるコロナウイルス科の猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)の感染症で、全年齢の猫で発症がみられますが、多くは1歳未満の幼猫で発症します。以前は発症するとほぼ100%亡くなってしまう非常に恐ろしい病気でした。発症の仕組みは現在でもきちんと解明されていませんが、コロナ渦でコロナウイルスの治療薬に対する研究が進み、早期に発見して治療を行えば、現在では80-90%の猫ちゃんを救命できるようになりました。

 猫腸コロナウイルス(FECV)は猫の腸管の上皮細胞で増殖します。病原性は比較的低く、感染しても症状を示さないことや症状はあっても軽度の下痢程度であることがほとんどで、糞便や鼻汁などを介して他の猫に伝染します。このウイルスが猫の体内で突然変異すると、FIPVが発生します。こちらは病原性が非常に強く、感染が成立しFIPを発症するとほぼすべての猫が亡くなってしまいます。FIPVは腸管内では増殖できないため、糞便中へウイルスが排出されることは基本的にはなく、FIPVが同居の猫に伝染することは少ないと言われています。

 症状はウェットタイプとドライタイプに分類されますが混在パターンも存在します。いずれのタイプにも共通して発熱、元気消失、食欲低下や体重減少などが現れます。
ウェットタイプ:子猫に多く、小麦色の腹水や胸水の貯留を伴う腹膜炎および胸膜炎が特徴的です。腹部膨満や呼吸困難などが起こります。
ドライタイプ:多臓器に化膿性肉芽腫と呼ばれる病変を形成します。黄疸や前ぶどう膜炎、発作、後ろ足の麻痺などの症状が引き起こされます。

 FIPには決定的な臨床症状や検査が存在しません。そのため1つの症状や検査から診断することはできず、複数の検査を行なって総合的に診断します。FIPを疑う臨床症状や背景がある猫では次のような検査を行います。

CBC:血液中の血球数やヘモグロビン濃度、ヘマトクリットなどを測定する検査です。FIPの猫では軽度から中程度の貧血や白血球の増加が見られることが多いです。また、FIPでは全身の血管に血栓が形成される播種性血管内凝固症候群(DIC)と呼ばれる状態に陥ることがあり、その場合は血小板数の減少も見られるようになります。

生化学検査:血清中の成分を化学反応や酵素反応を利用して分析する検査です。FIPでは高蛋白血症が多くの場合見られます。中でもグロブリンの増加が特徴的です。高グロブリン血症はウェットタイプの約50%、ドライタイプの約70%で認められます。また、傷害を受けている臓器によっては高ビリルビン血症や肝酵素や腎数値の上昇などが確認されることがあります。中でも高ビリルビン血症はよく見られる異常の1つです。炎症マーカーであるSAAも上昇します。

レントゲン検査:典型的なウェットタイプの場合、胸水や腹水がみられます。これをレントゲンで確認し穿刺して胸水や腹水を抜いて調べます。無色~麦わら色の細胞数が少なく粘稠度の高い液体が採取されます。

抗体検査:FIPの猫では多くの場合コロナウイルス抗体価の上昇が確認されます。しかし、FIPVだけでなく、FECVの感染でも抗体価は上昇してしまうため注意が必要です。抗体価が上昇している場合は、それがFIPVによるものなのかどうかをしっかり見極める必要があります。症状がない猫でも抗体価の上昇が確認されることがありますが、この場合はFIPと診断されませんが100%ではありません。

病理組織検査・免疫組織化学染:これらはFIPの検査のゴールデンスタンダードと言われていて、組織の一部を採取し、病理組織像の確認を行います。FIPが疑われる猫では病理診断で血管炎や肉芽腫が見られることが多いです。免疫組織化学染色は抗体を使って組織内のウイルス抗原を検出する方法です。抗原の存在を顕微鏡下で確認することができます。ただし、抗原が検出されなかったとしてもFIPを除外することはできません。病理組織検査でFIPを疑う病変を確認し、さらにその病変内に抗体に反応するマクロファージの存在を確認できれば確定診断することが可能です。

PCR法:検査試料中にウイルス遺伝子が存在するかどうかを確認する方法です。PCR法には猫コロナウイルス全般の遺伝子を検出する方法とFIPVの遺伝子を検出する方法の2種類があります。いずれの方法でもウイルス遺伝子が検出されなかったとしてもFIPを除外することはできないため注意が必要です。

 治療は50年以上対症療法しかありませんでしたが、コロナ渦で開発されたレムデシビルやムティアンという抗コロナウイルス薬が使用され始め結果も良好な事が確認されましたが、輸入が必要な上とても高価でした。しかし、現在ではモヌルピラビルという薬が発売され手に入りやすくかなり安価になりました。治療後の後遺症などについての研究はまだまだこれからですが、一番可愛いさかりの猫ちゃんたちを襲うFIPが治療可能になったのはとても嬉しい事です。

モヌルピラビル

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No.462 SAA (Serum Amyloid A:SAA)
No.228 猫コロナウイルス(Feline coronavirus: FCoV)と猫伝染性腹膜炎(FIP)
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