No.367 無麻酔歯石取りの危険性

近年、無資格者や一部の獣医師による、麻酔をかけずに行う、犬や猫に対する無麻酔歯石取りによる弊害が多発しています。無麻酔での歯科処置は、アメリカ獣医歯科学会をはじめ国内外複数の団体によって、危険で不適切な行為であると注意喚起されています(日本小動物歯科研究会→無麻酔で歯石をとる?! (sadsj.jp))。獣医師以外による動物の口腔内への施術は法律的にも認められていません。動物の状態を正しく評価せずに、無麻酔で長時間動物を押さえつけて実施する歯科処置は、動物に恐怖や苦痛を与えるだけでなく、十分な歯科処置ができない上に非常に危険です。

歯石除去は、各歯1本1本のきちんとした評価をして、歯周ポケットや歯の裏側まできちんと行うことが重要です。状態によっては抜歯や様々な口腔内の治療も必要となります。歯石は細菌の塊です。動物が処置中にむせて、取った歯石が気道に入ると気管支炎や肺炎を起こすことがあります。菌血症となり心臓や肝臓などのトラブルに発展する場合もあります。一見健康そうに見える歯の歯根や骨にトラブルが起こっている場合はよくあって、臨床獣医師の多くが経験しています。また、歯石や歯周病によって下顎骨が弱っている動物に処置を行って骨折させた例もあります。押さえつけることによる股関節脱臼や膝蓋骨脱臼も報告されています。

安全に適切な歯科処置を行うためには全身麻酔下で処置を行う必要があります。全身麻酔は100%安全とは言い切れませんが、適切な術前検査や麻酔管理によってリスクは限りなく小さくすることができます。動物の年齢や性格、持病の有無などの情報だけでは歯石取りや麻酔のリスクは判断できません、術前検査(血液検査、レントゲン、超音波検査など)によって当日の健康状態や持病の重症度などを詳細に評価することが重要です。持病を持つ高齢動物でも、検査結果に基づいて麻酔薬を選択したり起こり得るリスクを予測し、予め対策・準備するなど適切な麻酔管理を行えば、多くの場合安全な麻酔下での歯科処置が可能です。


猫の下顎骨折のレントゲン写真

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No359歯肉炎と歯周病と歯槽膿漏
No248スケーリングと犬の寿命
No187高齢動物の全身麻酔のリスク
No134プラークコントロール
No117全身麻酔
No108高齢動物の歯の疾患
No98歯周病2
No97歯周病1
No18歯石


No.366 消化管間質腫瘍 (Gastrointestinal stromal cell tumor:GIST)

犬の消化管間質腫瘍はGIST(ジスト)ともいわれ、近年、犬でよく診断されるようになった胃や腸の悪性腫瘍の一種です。新たにGISTとして分類されるようになったものの中には、従来は平滑筋の腫瘍などに分類されていたものもあります。GISTは筋層に発生する腫瘍です。筋層の中の消化管運動のペースメーカーの役割をするカハール介在細胞という細胞が腫瘍化したものがGISTです。

GIST発生の詳しい仕組みは分かっていません。カハール介在細胞の表面には、KIT(キット)と呼ばれるたんぱく質があり、特定の物質の刺激で細胞に増殖するよう伝達をする、細胞増殖のスイッチのような働きを持っています。GISTの症例の一部では、KITを作るための遺伝子(c-kit遺伝子)に変異があることが分かっており、このことがGIST発生に関わっているのではと考えられています。

GISTの症状は、嘔吐、食欲不振、元気がない、体重減少などですが、腫瘍が大きくなるまで症状が現れにくく気付かれにくいといわれています。特に症状がなく、健康診断などでたまたま見つかる例も多いです。

診断には、症状、触診、血液検査、レントゲン検査、超音波検査、FNA検査、場合によってCT検査を行い、手術で摘出したものを組織検査をして確定診断をします。症状の緩和や全身の状態を改善するための治療も同時に行います。GISTは、肝臓、脾臓、腸間膜リンパ節などへの転移も報告されています。放置すると、腫瘍細胞により腸管がもろくなり穴が開いてしまって腹膜炎になることもあります。

治療の基本は外科的な摘出です。化学療法としては、腫瘍細胞の表面にある異常なKITの細胞増殖シグナルを抑える分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害剤)を、補助的または手術が困難な症例で使用することがあります。化学療法を行う場合は投与前にc-kit遺伝子変異解析を行うことが推奨されます。再発や転移の可能性があるので、手術後も経過に注意する必要があります。

犬の胃のGIST
(手術時の写真が出ます。苦手な方はクリックしないで下さい)


No.365 門脈体循環シャント (Portosystemic Shunt:PSS)

門脈体循環シャント(PSS)は、本来肝臓に入るべき胃腸からの血液が、シャントと呼ばれる異常な血管を経由して肝臓で解毒を受けないまま全身を巡ってしまう疾患です。胃腸からの血液には、アンモニア、メルカプトン、短鎖脂肪酸など数多くの毒素が含まれており、解毒を受けなければ体に害を及ぼします。この解毒業務を受け持っているのが肝臓です。正常であれば胃腸からの血液は、門脈と呼ばれる専用の血管を通じて肝臓内に入り、解毒を受けて全身を巡る血液循環(体循環)に合流します。しかしシャント血管があると、門脈から体循環につながる血管に近道ができてしまっているため、解毒を受けていない血液がそのまま体循環に混入してしまいます。その結果、有害な物質が体の各所に届くようになり、様々な弊害を生み出すと同時に、肝臓が栄養失調に陥って小さく萎縮していきます。この状態が門脈体循環シャント(PSS)です。

PSSは先天性のものと後天性のものがあります。先天性は生まれた時からシャント血管が存在します(一般的には先天性が外科治療の対象です)。後天性は何かしらの原因(肝臓の炎症、繊維化など)によって門脈圧が亢進し、複数のシャント血管できてしまいます。後天性は多発性(マルチプル)といわれ、太かったり細かったりする様々な血管から、解毒されていない血液が後大静脈に流れ込みます。このようなタイプは基本的には手術が適応ではありません。

PSSの犬や猫は、シャント血管の場所や太さによって様々な症状を示します。先天的な異常であるため、子供の時から同腹の子と比較して体格が小さく、体重増加が見られないなどの発育障害が生じます。また、食欲不振、うつ、下痢や嘔吐、多飲多尿などもみられます。門脈シャントが原因の尿石症で血尿や排尿困難を呈する場合や、肝臓による解毒が出来ないために起こる、運動失調、昏迷、脱力、円運動、こん睡などの神経症状が認められる肝性脳症が起こる場合もあります。しかし、症状がほとんどなくシニアになるまで発見されない症例もたくさんいます。猫ではcopper eyeという銅色の眼を呈する子もいます(copper eyeだからといって必ずしもPSSだとはいえません)。

PSSでは、血液検査の特徴として血液中のアンモニアや胆汁酸の高値を認めることがあります。通常犬の血液中の胆汁酸の濃度は25μmol/L以下と非常に微量ですが、重度な肝障害や門脈血流が大静脈に流入すると、血中の胆汁酸の濃度が異常な高値になります。胆汁酸は肝臓に極めて特異性の高い物質です。肝臓の逸脱酵素や胆管酵素に異常が認められない場合でも、肝機能や門脈循環に異常がある時には必ず上昇するので、これらの疾患が示唆される症例においては非常に有用な検査となります。また、超音波検査もPSSに有効な検査法です。

確定診断には、以前は全身麻酔下で開腹をしての門脈造影検査が必要でしたが、現在では、血管造影CT検査を行うことによって、開腹をしなくても鮮明に腹部内の血管を確認することができるようになりました。それによってPSSの確定診断が得られるようになるだけなく、シャント血管のいろいろなタイプを分類できるようになり、さらに、どこでシャント血管を処理すれば、最も良い治療効果が得られるかについても術前に評価できるようになりました。

治療は先天性の場合は通常外科手術が第1選択です。シャント血管を縫合糸で結紮、閉鎖する方法が一般的です(この手術の数日後に一次的な痙攣が起こることがあります)。しかし、シャント血管が数本ある場合(マルチプルシャント)は手術が非常に困難なことが多く、治療が難しくなります。手術以外の治療は、点滴や低蛋白食、抗生物質などの内科的な対症療法に限定され、内科治療のみで治ることは残念ながらありません。重度発症の場合は、生まれてすぐ、あるいは数ヵ月で亡くなる確率が高い病気です。遺伝的な要素が指摘されているため、門脈シャントの遺伝子を持つ可能性がある動物は繁殖に使わないことが薦められます。


宮崎大学獣医学部のホームページから引用


No.364 フクロモモンガの自咬症

フクロモモンガはストレスによる自咬症がよく起こるため、ストレスを溜めない飼育環境作りが大切です。ストレスがたまると、尾や手足など体の一部を咬み壊したり、毛を抜く異常行動がみられます。酷い時は骨まで齧ってしまいます。

野生では6~7頭以下の群れで生活をしています。この群れの中で社交性を持ち、主に声を出してコミュニケーションをとっています。この性質を考えた飼育が必要です。単独飼育であれば、十分にヒトとの接触をもった良い関係を保つため、部屋の中で遊んであげたり運動させることが必要です。

飛膜を使い滑空する動物で野生では50mくらいは滑空します。しかし、飼育下ではどんなにケージが大きくても十分な運動は確保できません。せいぜい5~6m程度滑空すればよいほうです。運動ならびに滑空しないことで肥満になることはもちろん、筋肉や骨の発達に大きな影響を与えます。運動や滑空することでストレスの予防になります。

部屋に放す場合は事故や誤食に十分注意してください。部屋に放しても最初はうろうろしたり、ぴょんぴょんと飛び跳ねるなど駆け回るくらいかもしれませんが、好奇心旺盛なので部屋に変化を作ったり、登れる場所を設けると喜びます。ハンガーに服をかけ壁に設置するだけでも登れる場所になります。ヒトに馴れてくると、ヒトがおやつを見せると自然に近づいてきます。おやつを手に持って届きそうで届かないような距離で見せます。最初は手に乗らずに伸びをして取ろうとしますが、届かない場合は手に飛び乗ってきます。この距離を毎日少しづつ長くしてみてください。また、猫じゃらしを必死で追いかけるようなフクロモモンガもいます。これも運動不足解消になります。

自咬症が起こってしまった場合は、早目にカラーをして物理的に齧れない様にします。傷のケアをしながらストレスの解消を考えます。傷が完全に治るまでカラーは外せません。再発防止には、飼育環境の整備の他、代替医療や、場合によっては薬剤の力が必要です。治療はケースバイケースですが、大変なことが多いので予防がとても大切です。基本的には、出来れば複数飼い、適切な飼育環境、ヒトとの関係をよくすること、運動をしっかり行うことが自咬症の予防です。

自咬症で尾が変形してしまったフクロモモンガ

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No363 フクロモモンガの飼育
No13 エンリッチメント


No.363 フクロモモンガの飼育

フクロモモンガは野性では群れで生活しているため、社交性を考えた飼育環境が必要です。複数で飼うことが理想ですが、単独飼育の場合は飼主さんとの良い関係性が大事です。

活発な動物なので、活動する空間として大きくて高さのあるケージが理想です。夜行性なので主に夜に活動します。昼間は部屋を暗くしたりケージにカバーをかけます。ケージの中には飛び回れるように枝や蔦を入れて、高い位置に休息スペースとしての棚を設置して下さい。また、枝や棚(踊り場)の他に、エサ容器や給水器などをレイアウトします。休む場所である小屋あるいは寝袋なども必要です。また、ケージの外に放すことで運動量を増やして下さい。部屋に放す場合は、事故や誤食に注意して下さい。ケージを広くする以外に、飛翔させることと、匂いで人に馴らすことがポイントになります。

糞や尿を決まった所にする習性がないためトイレを覚えにくいので、こまめなケージの掃除をしなければなりません。気温が21℃以下になると動きが鈍くなり休眠します。休眠中は体温を約15℃くらいに下げて活動も食事の量も減ります。また、夏場はケージを直射日光が当たる所や締め切った部屋に置くと熱中症になる可能性があります。部屋の温度を管理し涼しい場所に置いてあげて下さい。冬の寒い時期は保温器具で寒さを防ぐ工夫をして下さい。24℃~27℃が理想です。自ら積極的に毛づくろいをするため入浴やシャンプーなどの必要はありません。

フクロモモンガは雑食性で、野性では、樹液、果汁、花粉や花蜜、昆虫などを食べています。昔は果物や昆虫を主食として飼われていましたが、代謝性骨疾患が多発し、短命に終わっていました。そこで食事の果物や昆虫に、カルシウムやビタミン剤を添加する方法がとられたきましたが、現在ではペレットを主食にすることがオススメです。基本的にフクロモモンガ用ペレットを中心に、果物や野菜、動物性蛋白質(昆虫、ミルワーム、低塩煮干しやチーズ、ゼリーなど)を与えて下さい。活動し始める夜の早いうちに給餌します。選り好みも強く偏食する傾向がありますが、嗜好性の高い甘い果物を主食にはしないように注意して下さい。肥満と歯のトラブルの原因となります。


甘いものの食べ過ぎには注意

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No323代謝性骨疾患


No.362 気管腫瘍 (Tracheal tumor)

気管腫瘍には、腫瘍が気管や気管支壁内に隆起する場合と、気管壁の外の腫瘍が気道内に浸潤する場合があります。気管の外の腫瘤が気道を圧迫するものは気管の腫瘍には含まれません。限局的なものと広範に拡がるものがあります。ヒトの原発性気管腫瘍の発症率は10万人に0.1人で90%は悪性といわれています。犬や猫の気管腫瘍は稀で報告は少ないです。発症率、腫瘍のタイプ、臨床徴候、診断方法、治療、予後などはよく分かっていません。

気管壁内や隣接する組織が腫瘍の発生源となるので様々な腫瘍が認められます。頸部気管に軟骨腫や軟骨肉腫が報告されていてアラスカンマラミュートやシベリアンハスキーで好発傾向があります。若齢犬における気管骨軟骨腫は気管軟骨輪の異形成を示します。その他、良性の気管腫瘍にはオンコサイトーマ(好酸性腺腫)や平滑筋腫が報告されています。ヒトでは気管支炎症性ポリープがよく報告されています。犬でも報告があります。犬の悪性気管腫瘍にはリンパ腫や扁平上皮癌がよく認められ、骨肉腫、肥満細胞腫、漿液粘液性腫瘍の報告もあります。猫では腺癌や扁平上皮癌がときどき認められます。多くの腫瘍は中高齢で発生します

腫瘍の大きさと位置により身体検査所見は異なり、運動不耐性、呼吸困難、ストライダー(喉頭口から胸腔外気道の閉塞で吸気時に聞こえる「グーグー」や「ゼーゼー」などの低調な音)、咳、ギャギング(えずき)、血痰などが、数ヶ月かけて次第に進行します。頸部触診にて触診可能な非対称性腫瘤を触知できることがあります。気管腫瘍は非特異徴候が先行し、発症後期に急に致命的な気道閉塞となります。気管断面が85%以上閉塞すると呼吸困難が生じ始めるので、早期発見と適切な診断処置が大事です。

診断はレントゲン検査で疑った像が見られたら、超音波検査、可能ならCT検査、FNA検査などを行います。しかしすでに重度気道閉塞が認められる場合、診断と切除を含めた処置、もしくは救命的に気管内ステント留置も避けられない状況もあります。

早期発見や良性腫瘍やリンパ腫では、予後は要注意ですが適切な処置で救命可能です。しかし、どのような腫瘍であれ、呼吸困難が重度で発見が遅れた場合は予後不良です。アメリカのペンシルバニア大学の動物病院では、1999~2000年の10年間で気管腫瘍は10例でした。犬4例、猫6例で、うち3例は治療は成功、3例は未治療で安楽死、リンパ腫の1例は外科切除と化学療法で1年以上生存し、その他3例は経過不明でした。

成書では発症は稀といわれてますが、現在、画像診断や気管支鏡の技術が向上し、一方で化学療法や放射線療法などのアジュバント療法(手術の補助療法)の選択肢も現れ、犬でも猫でも気管腫瘍を確定診断し治療する機会は次第に増加しています。


◯の中が気管腫瘍です


No.361 ダニによる感染症

春から秋にかけては、キャンプ、ハイキング、屋外のドックランなど、山や草むらで、ペットと活動する機会が多くなる季節です。ヒトも犬や猫もダニに刺されることで感染症を起こすことがあります。 病気を正しく知って、感染症から身を守るために、適切な予防と行動をすることが大切です。

ダニによる感染症は、ウイルスやリケッチア(動物やヒトの細胞内で増殖する細菌)を保有するダニに刺されることにより起こる感染症です。2011年に初めて特定されたウイルス(SFTSウイルス)を保有するマダニに刺されることによって引き起こされる「重症熱性血小板減少症候群 (SFTS)」や、リケッチアや細菌などの病原体を保有するマダニに刺されることで感染する「日本紅斑熱」「ライム病」「回帰熱」また、つつが虫に刺されることによって感染する「つつが虫病」などが主な病気です。いずれも、すべてのマダニ、つつが虫が病原体を持っているわけではありませんが、刺されないための注意が必要です。

重症熱性血小板減少症候群 (SFTS)
ダニに刺されてから6日~14日程度で発症する、原因不明の発熱、消化器症状(食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛)が症状の中心ですが、時に頭痛、筋肉痛、神経症状(意識障害、けいれん、昏睡)、リンパ節腫脹、呼吸器症状(咳など)、出血症状(紫斑、下血)など様々な症状を引き起こします。重症化し死亡することもあります。また近年、犬や猫もSFTSウイルスに感染するとヒトと同様に発熱、嘔吐、下痢などの症状が認められることが分かり、SFTSウイルスに感染した犬や猫の唾液等から感染したと思われるヒトのSFTS事例が報告されています。

つつが虫病
マダニではなくマダニよりも少し小さいツツガムシというダニから感染するリケッチアが原因です。つつが虫病は刺されてから10~14日後に、高熱、発疹、刺された部分が赤く腫れ、中心部がかさぶたになることが特徴的な症状です。犬や猫に吸着した場合、痒みや皮膚炎を起こしたりしますが、それほど重症化はしないと考えられています。

日本紅斑熱
日本紅斑熱は、1984年に徳島県で初めて確認された疾患で、関東以西の地域、特に中国、四国地方に多く 見られます。リケッチアの一種である日本紅斑熱リケッチア(Rickettsia japonica)によって引き起こされます。マダニに刺されてから、2~8日後に、紅斑(毛細血管拡張などが原因で皮膚表面に発赤を伴った状態)が高熱とともに四肢や体幹部に拡がっていきます。紅斑は痒くなったり、痛くなったりすることはありません。治療が遅れれば重症化や死亡する場合もあります。犬や猫に感染して症状をあらわすかどうかは明らかではありません。

ライム病
ライム病はボレリア菌(Borrelia spp.)という細菌によって引き起こされる人獣共通感染症(ズーノーシス)の1つであり、マダニ類が吸血する際に媒介されます。日本では、北海道や長野県で発生が多く報告されています。ダニに刺されてから、1~3週間後に刺された部分を中心に特徴的な遊走性の紅斑がみられます。また、筋肉痛、関節痛、頭痛、発熱、悪寒、倦怠感などのインフルエンザ様症状を伴うこともあります。症状が進むと病原体が全身性に拡がり、皮膚症状、神経症状、心疾患、眼症状、関節炎、筋肉炎など多彩な症状が見られます。犬や猫に症状が見られることはまれですが、急性症状として、元気消失、食欲不振、跛行や起立不能、発熱が見られることがあります。なお、マダニが吸血を開始して17時間以降でボレリア菌が伝播されるといわれています。

マダニ媒介性の回帰熱
回帰熱には、ダニが媒介するものとシラミが媒介するものがあり、ダニ媒介回帰熱はアフリカ大陸、イベリア半島(とくに地中海地域)、中央アジア、中東の一部、インド、中国、アメリカ大陸など非常に広い範囲で分布し、シラミ媒介回帰熱はエチオピア、スーダン、ソマリアなどアフリカ大陸の高地、インド、アンデス山地などで見られます。ダニに刺されてから、12~16 日程度で 発熱、頭痛、悪寒、筋肉痛、関節痛、全身の倦怠感などの風邪のような症状が出現し、時に神経症状(意識障害、けいれん、昏睡)、リンパ節腫脹、呼吸不全、出血症状(歯肉出血、紫斑、下血)が現れます。犬や猫、豚なども感染しますが、現在日本での発生はありません。

いずれの疾患も、症状には個人差があり、ダニに刺されたことに気がついていなかったり、刺し口が見つからなかったりする場合も多くあります。見た目だけでの診断は困難です。治療が遅れれば重症化や死亡する場合もありますので、早めに医療機関に相談しましょう。犬や猫にダニが付着しているのを見つけたら、むやみに取らず、動物病院にご相談下さい。

予防は、現在様々な薬が出ていますが、フロントライン(犬猫)、ネクスガード(犬)、シンパリカトリオ(犬)、ブラベクト(犬猫)などがおすすめです(レボリューションは耳ヒゼンダニには効果がありますが、マダニには効果がありません)。詳しくはお問い合わせ下さい。


No.360 フェレットの副腎疾患

中~高齢のフェレットによく見られる病気の1つに副腎疾患があります。腎臓の近くにある、副腎という左右1対の小さな臓器が肥大化または腫瘍化します。異常を起こした副腎からエストロゲンなどの性ホルモンが過剰に分泌されることにより、脱毛(毛が生え辛くなる)や痒み、メスでは陰部の腫大、オスでは前立腺の肥大により尿が出にくくなります。また、体臭がきつくなる、尿漏れ、攻撃的になる、乳頭が目立ってくるなどの症状が出る場合もあります。

上記の様な症状がみられたら、診断のため、超音波検査で左右の副腎の大きさや厚み、血管との位置関係などを評価します。副腎疾患のフェレットは、特定の性ステロイドホルモン(エストラジオール、17αヒドロキシプロゲステロン、アンドロステネジオン、DHEA-S)の血中濃度の上昇がみられます。採血をしてこれらのホルモン値を測り、正常値と比べることでも診断できますが、費用が高いこと、正確性に欠けるなどの問題点があります。

フェレットの副腎疾患はゆっくり進行する病気です。外科的な治療では、開腹手術で実際に肉眼で副腎に異常があることを確認し、異常があればそのまま摘出します。内科的な治療では、リュープリンというホルモン注射を打って症状が改善するかどうかを観察します。


フェレットの副腎疾患では尻尾の脱毛も多くみられます


No.359 歯肉炎と歯周病と歯槽膿漏

歯肉に限局した炎症を歯肉炎と呼び、歯根膜や歯槽骨まで炎症が拡大した状態を歯周炎と呼びます。一般的に歯肉炎と歯周炎のことを歯周病と呼びます。また、歯周病の進んでしまった状態を歯槽膿漏と呼んでいますが、歯周炎のことを歯槽膿漏と呼ぶこともあります。

歯肉炎の早期のものでは、歯の根本の歯肉が歯に沿って線状に赤くなっているだけですが(下記の写真)、状態が進むと歯を支える組織がもろくなって、歯と歯の周囲の歯肉の間のポケットに隙間ができて歯はグラグラになります。この状態が歯周炎です。口の中には細菌が住み着いていて悪い細菌の繁殖を抑えていますが、炎症が起きて粘膜が損傷されると、口腔中の細菌も粘膜から侵入してさらに激しい炎症を起こすようになります。

歯周病の原因の1つとして歯石があります。歯石は細菌の塊です。歯石をとったり歯を抜くことによって治療できる場合もあります。しかし、多くは口の中の免疫、抵抗力の減退が主な原因になっています。ネコ免疫不全ウイルス(FIV)やネコ白血病ウイルス(FeLV)などのウイルス感染で免疫力が低下している場合が多くみられますが、ウイルスは陰性でも、原因不明のまま免疫力が低下している場合もあります。

治療法は口腔内を清潔に保つこと、細菌と炎症のコントロールです。慢性化したものではかなり治療が難しい場合があります。早期に発見し早目の対処が大事です。

歯肉炎

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No356猫の口内炎
No218口腔鼻腔瘻
No98歯周病2
No97歯周病1
No18歯石


No.358 トレポネーマ (ウサギ梅毒)

ウサギのトレポネーマ症は、ヒト梅毒の原因菌となる梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)の近縁のTreponema paraluiscuniculiによる感染により発症します。外鼻孔(鼻の穴)の周囲、口唇や眼瞼(まぶた)、陰部、肛門周囲の粘膜皮膚移行部から病変を形成し、発赤や丘疹、浮腫、鱗屑(フケ)、痂皮(かさぶた)、皮膚の糜爛、潰瘍、出血などがみられます。体幹部(胴体)には病変がないこと、皮膚病によくみられるような痒みがないことが他の皮膚疾患と異なる特徴です。外鼻孔に症状が出た場合はくしゃみが認められることがあり、スナッフルなどの上部呼吸器感染症と類似した症状がみられます。このくしゃみはトレポネーマ症を治療することによって改善していきます。交尾感染(性感染)が多いと考えられていますが、親から子供への垂直感染(母子感染)でも発症します。

ウサギのトレポネーマ症はヒトでの性感染症の梅毒を引き起こす梅毒トレポネーマの仲間であるために「ウサギ梅毒」という別名がありますが、この病気は人獣共通感染症ではないため、同居のウサギ以外の動物や飼主さんに感染することはありません。

病原菌を保菌していても発症せず、キャリアとなる可能性のある不顕性感染となる場合もあります。こうした症状が見られないウサギにおける抗体検査の陽性率が35%程度あるという報告もあり、ウサギの感染症としては決して珍しいものではありません。トレポネーマ感染後に発症するか否かはウサギの免疫状態や原因菌の病原性の強さによると考えられています。

診断にはヒト用の梅毒検査に用いられるRPR(Rapid Plasma Reagain)テストキットを使用することができます。この検査法は、病気が疑われるうさぎの血清にトレポネーマに対する抗体が存在するかどうかを簡便に調べるものです。しかし、疑わしい症状がみられても陽性とならずに確定診断に至らないケースもあります。また、保菌していても、不顕性感染で症状がない場合にはそもそも検査に至ることがありません。以上の理由から、特徴的な臨床症状によりトレポネーマ症であると疑われる場合には、抗体検査を省いて治療による改善をもって診断とするような治療的診断が行われることが多いです。

治療は抗菌薬としてクロラムフェニコールという抗生剤を第1選択薬として使用します。通常1~2週間で症状が改善していきますが、そこで休薬すると再発することが多いため、病変が消えたあとも最低2週間は治療を継続します。ヒトの梅毒と同様に抗生物質のペニシリン系薬物も有効とされていますが、その副作用によりウサギのデリケートな腸内細菌のバランス、腸内細菌叢が乱れてしまう可能性があるため、多くの場合はクロラムフェニコールを用いて治療が行われます。薬に上手く反応せずに難治性の場合もあります。また、治療後に不顕性感染となり、後に再発するケースもあります。


肛門周囲部の病変