No.97 歯周病1 (Periodontal disease)

3歳以上の犬猫のほとんどが歯周病であるといわれています。ヒトも犬も猫も口腔内環境は口腔内細菌と生体の組織防御機構の均衡によって維持されているのは同じですが、その環境は大きく異なります。

ヒトでの口腔内2大疾患は歯周病と齲歯(虫歯)ですが、犬では歯周病が多く齲歯は稀です。猫ではやはり歯周病が多く齲歯の発生はこれまで報告がありませんが歯の吸収性病巣は近年多くみられます。

歯周病がなぜ起こるかを考えてみましょう。歯周病は最初に唾液由来の糖タンパクが歯面に付着することでベリクルという被膜が形成され、その上にグラム陽性球菌が付着することから始まります。また、歯石も大きな原因の1つです。歯石は唾液中の炭酸カルシウムとリン酸カルシウムが歯垢の中に取り込まれ石灰化して歯石に変化します。犬猫の口腔内はpH8~9のアルカリ性(ヒトはpH6.5の弱酸性)のため、歯垢が歯石に変化しやすいと考えられています。犬では3~5日で、猫では1週間で歯垢が歯石に変化するといわれています。細菌や歯石の刺激で口腔内に炎症を生じると、歯肉辺縁より根尖部のいわゆるポケット(歯茎の裏側)の部分に歯石が入り込みます。この歯周ポケットは自浄作用を受けにくく細菌が停滞しやすくなります。このポケットの部分には嫌気性菌が優勢となり、様々な細菌が産生する代謝産物、酵素、内毒素などが歯肉に侵入し炎症を起こします。

ではなぜ、犬猫に齲歯がみられないのでしょうか。大きな理由は3つあります。まずは、そもそも歯の形態が違うこと、ヒトと違い犬猫の歯は短時間で採食するのに都合よくできており、隣どうしの歯の密着がヒトと比べると少なく、齲歯の原因となる細菌が歯の間に溜り辛いことになります。2つ目は、口腔内で歯周病を起こす細菌と齲歯を起こす細菌が違うことです。歯周病の細菌は前述のように各種の嫌気性菌で、齲歯の原因菌はStreptococcus mutans,Lactbacillusなどです。3つ目も前述の口腔内のpHです。酸性の環境では糖が口腔内にとどまりやすくなるため齲歯になりやすく、アルカリ性の環境だと齲歯にはなりにくのですが石は付きやすくなるといえます。

それでは歯周病を放置するとどうなるのでしょうか?まずは口臭の問題があります。ヒトの研究では、見えない審美として、快適な生活を送るうえで口臭は形態的な審美以上にQOLに与える影響は大きいという結果があります。口臭には大別すると生理的口臭と病的口臭があり、生理的口臭は口腔内を不潔にしていることや唾液分泌との関連(起床時に口の中が乾いている時や空腹時の口臭)が指摘されており、病的口臭は歯周病、口腔内腫瘍、口内炎によるものです。歯周病による口臭をしっかり除去するためには、ポケットの歯石を取らないと十分でないという研究データもあります。歯周病が進行すると歯周炎から根尖に病変が拡大していきます。歯の根っこが化膿して眼の下の皮膚に瘻管を作ったり(根尖部膿瘍)、犬の口腔と鼻腔を隔てている上顎骨の厚さは1~2mmしかないので、上顎歯の歯周病によってこの上顎骨が破壊されると口鼻瘻管となり鼻血がでたりします。また、小型犬では下顎の歯槽骨の重度の骨吸収が原因で歯周病性下顎骨折が起こる場合があります。この骨折は骨に細菌感染、炎症が生じているため非常に治り辛いです。また、ヒトの方でもいわれていますが、歯周病に関与するグラム陰性桿菌、内毒素、サイトカインなどの炎症性介在物質が全身循環に入り、心臓、肝臓、腎臓などに悪影響を起こします。

次回は猫の吸収性病巣と、歯周病の治療・予防の話です。