No.62 コミュニケーション行動1

コミュニケーションという言葉は多種多様な使われ方をしていますが、動物個体間における情報の伝達という意味として、少し深く考えてみましょう。

ヒトと動物の感覚世界(Sensory world)は必ずしも同じではありません。
例えば、ある種のヘビは、頭部に孔器官(Pit organ)という赤外線探査装置を持っていて、暗闇でも体温を手がかりに獲物の位置を正確に知ることができます。
また、夜行性のメンフクロウは、上下にずれた左右の耳に届く音の時間差で3次元の音源定位を行い、暗闇の中で移動する獲物の居場所をつきとめ捕食することが可能です。
一般に動物の嗅覚はヒトとは比較にならないぐらい鋭敏で、多くの哺乳類にとって匂いによる個体識別は当たり前のことです。
犬の優れた嗅覚は警察犬や救助犬などとしてヒトの社会生活に大きく貢献してくれています。
このように、視覚、聴覚、嗅覚などいずれの感覚をとっても動物とヒトとでは知覚しうる情報の物理化学的性質や感度に大きな違いが見られることが少なくありません。
このことを理解すると、動物の各行動の意味が少しわかって、コミュニケーションが取りやすくなるのではないかと思います。

コミュニケーション行動の主な形

哺乳類のコミュニケーションの方法には、視覚、聴覚、嗅覚を介する3つの信号が主要な形です。
異なる動物種でもコミュニケーションは成り立ちますが、お互いが発する信号やその背景となる感情の変化を正しく理解する能力がもともと備わっているわけではないため、経験を通じて信号の意味を学ぶ必要があり、同種間に比べて複雑なものとなります。
コミュニケーションが成り立つ場合には、信号の送り手から発信された情報によって受けての行動になんらかの変化が起こります。

例えば、犬が威嚇する場合は、毛を逆立てて相手をにらむ(視覚信号)、低い声で唸る(聴覚信号)、推測ですが攻撃を表すフェロモンを分泌している(嗅覚信号)。
こうした信号を受け取った個体は服従的な態度をとるか立ち向かうか、いずれにせよ発信された信号は相手に新たな行動をとらせることになります。

コミュニケーション行動の進化

社会的集団を形成する動物にとって群れで暮らすことにはメリットとデメリットがあります。
安全面や繁殖機会の増大といった群居生活の利点を享受できる一方で、食物や配偶相手などの限られた資源をめぐる競合は激しいものになります。

こうした競合は、時には大きな闘争に発展して、大怪我や場合によっては死につながることさえあるため、資源をめぐる日常的な競争のためにいちいち本気で戦うのはリスクが大きすぎます。
コミュニケーション行動が進化した理由のひとつは『競合的な相互作用の頻度や程度が下がることで集団内部が安定化し、適応度の上昇につながる』といったことでしょう。
例えば、雄がライバル雄に遭遇した場合、示威行動の間にお互いの戦闘能力や動機づけの強さに関する情報はすぐに伝達され、戦わずに決着がつくことなどが挙げられます。
また、集団で狩りをする動物にとっては、群れの中の順列と関連した狩りでの役割分担がスムーズに実行されるためにも、信号はより効率的な方向に進化したものと考えられます。

信号の重複と儀式化

コミュニケーションで使われる信号には、意識的のものもあれば、そうでなく無意識に表れてしまうものもあります。
例えば、動物病院に連れてこられた犬が低く唸るのは前者ですし、ガタガタ震えるのは後者です。
ある集団の中で用いられる信号は、その信号の持つ情報や使われる場面が重要な場合には、より明瞭に重複して使われるなど、信号の特性が進化する傾向があります。
例えば、遠吠えは騒がしい環境でも遠くから聞き分けられる明瞭な聴覚信号でありますし、威嚇のときに表情や姿勢の変化が唸り声とともに起こるのは重複の一例です。
また、重要な信号のなかには、そのパターンが型にはまった種特異的な性質を備えたものもあり、例えば、犬の遊びを誘う時のおじぎ行動などは「固定的動作パターン」「儀式化したパターン」などと呼ばれます。

正反対の原理

ダーウィンの著書『人間と動物における情動の表現』には威嚇姿勢と服従姿勢をとる犬が描かれています。
誰にもなじみ深いこの犬の極端な姿勢の違いから、ダーウィンは『正反対の原理(The principle of antithesis)』を導き出しました。
逆の意味を持つ信号は、曖昧さを避けるために、しばしば正反対の表現になるという考え方です。
攻撃的になった犬は体を大きくみせようとし、服従している犬は体を小さく縮めている。
聴覚信号の例としては、攻撃的な場合、発する唸り声は低く荒々しいが、服従側の発すキュンキュンとした高い声は、友好的な場合や相手をなだめたり甘えたりするときに使われる声です。
相手が間違えることのないように進化したものだと考えられています。

次回から各論です。