No.164 脳-腸-微生物相関

前回の脳腸相関からの続きです。

現在、数兆の腸内細菌の理解が進むにつれ、脳-腸-微生物相関という概念が生まれてきました。受胎時には腸管内は無菌であり、生まれるときに産道を通るときから細菌が繁殖し始めます。その後、親や兄弟をはじめ多くの人と触れ合う事で細菌が育っていきます。乳幼児期にそのような多くの細菌に触れるという事は腸内細菌の発達にきわめて重要です。実際、最近のヒトの研究では、幼少期の腸内細菌の発達が大人になってからのメンタルヘルスに重要な働きをすることを示唆しています。

犬猫での研究はまだ少ないですが、McMaster大学のコリンズ教授らは、マウスの腸を他のマウスと交換する実験を行いました。彼らは臆病な性格のマウスの腸と社交的な性格のマウスの腸を手術で入れ替えたのです。するとその結果、それらのマウスの性格もまったく入れ替わりました。臆病なマウスは外交的に、その一方で外交的なマウスは臆病になりました。これは腸内細菌が態度や行動を決めている事を示唆しています。

消化管の神経伝達物質の1つとして、GAVA(ギャバ、γ-アミノ酪酸gamma-aminobutylic acid)があります。GAVA は哺乳動物の脳から発見され、その後、消化管においても神経伝達物質として機能していて、動植物界に広く分布していることがわかっています。中枢神経系や腎臓、膵島細胞でグルタミン酸から合成されますが、腸内細菌の中にもGAVA産生能力を持つ菌がいます(GAVAの受容体は脳だけでなく腸にも存在します)。高等動物においては、抑制系の神経伝達物質として、脳が興奮したときのブレーキの役割をしています。GAVAが不足すると興奮系の神経伝達物質が過剰に分泌されるのを抑えきれなくなり、緊張が続いてしまいます。不安なマウスに乳酸菌を与えた実験では、不安のレベルが下がり、ストレスホルモンが減り、GABAの受容体が増加しました。腸内環境改善は確かに脳機能に影響を与えると言えそうです。

その他にも、反芻動物の乳に含まれる主要なタンパク質であるカゼインを消化管中でトリプシン加水分解したα-カソゼピン(加水分解ミルクプロテイン)は、GAVA受容体に結合することで、気分を落ち着け不安を取り除きます。また、α-カソゼピンの作用はGAVA受容体だけでなく、セロトニン受容体やドパミン受容体にも作用しているといわれています。
セロトニンは消化管粘膜に90%、血小板内に8%、脳に2%存在し、体内にアミノ酸の1種であるトリプトファンを取り入れることによって合成されます。トリプトファンは大豆製品、乳製品などに多く含まれます。不安の緩和および幸福感の上昇の作用があります。
ドパミンは中枢神経に存在するカテコールアミンの一種です。気持ちを緊張させたり興奮させたりする神経伝達物質です。統合失調症の陽性症状に脳内のドパミンの過剰が関与しているのではないかと考えられています。脳にとって「報酬」のシグナルと考えられています。

このように動物の腸と脳は双方向の情報伝達を行っていて、動物と細菌が共通する伝達物質を産生しています。これらは、動物が個体だけで生きているわけでないという事実を強く認識させます。食事は、動物本体だけでなくお腹の中の細菌も一緒に養っています。これを『脳-腸-微生物相関』といいます。

実際の臨床応用としては、腸内環境を整えることにより、イライラや鬱の治療、ダイエット、アンチエイジングなどにも利用されています。GAVAを産生できる乳酸菌を利用してストレスの軽減を目的とした飲料や、α-カソゼピンの入ったサプリメントやキャットフードも発売されています。